【出雲国風土記】嶋根郡の郷里と駅家一覧|国引き神話の「嶋根」由来を読む|松江市
『出雲国風土記』に記される「嶋根郡(しまねのこほり)」は、島根半島一帯の古代地名を今に伝えます。
本記事では、郷(8)・里(各郷3里×8=24+別に餘戸里1)・駅家(1)を一覧化し、原文(折りたたみ)と簡単な比定地メモを添えました。
まずは“名前の由来”を押さえて、現地散策のルートづくりに役立ててください。
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内容紹介
風土記本文に登場する「嶋根郡」の郷名は、現在の松江市北部(島根半島)に残る地名と重なるものが多く、 地名由来がそのまま“土地の神話・祭祀・地形記憶”になっています。 ここでは、各郷の要点だけを短く整理し、原文は折りたたみで全文確認できる形にしました。
嶋根郡の概要
- 対象:嶋根郡(しまねのこほり)
- 内訳:郷 8/里 25(各郷3里×8+餘戸里1)/駅家 1
- 現在の比定(目安):松江市北部(島根半島:島根町・鹿島町・美保関町周辺)とされる
- キーワード:国引き神話(八束水臣津野命)、朝夕の御饌、佐太大神、美保(御穗須々美命)、千酌駅
現地写真ギャラリー(嶋根郡)
爾佐加志能為神社(野井)。島根半島の山あいに鎮座する、風土記所載の古社。
横田神社(森山)。風土記「横田社」に比定される説が伝わる社のひとつ。
佐太神社。嶋根郡「加賀郷」の由来に登場する「佐太大神」と深く結びつく古社。
嶋根郡の郷(8)|由来と比定地メモ
朝酌郷(あさくみのさと)
【現代語要約】熊野大神命が、朝御饌・夕御饌に供える「五贄(いつにへ)」の“供進地(緒の處)”を定めたことが由来とされます。
現在の松江市 朝酌町周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
山口郷(やまぐちのさと)
【現代語要約】須佐能袁命の御子・都留支日子命が「吾が敷き坐さむ山口の處」と宣り、その地名になったとされます。
現在の松江市 山口町周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
手染郷(たしみのさと)
【現代語要約】「丁寧(たし)に造らせる国」との神の言葉に由来し、本来は「丁寧(たし)」の字(読み)に関わる名とされます。後に人々が誤って「手染」と呼ぶようになった、とも。
現在の松江市内(島根半島東寄り)に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
美保郷(みほのさと)
【現代語要約】御穗須々美命(みほすすみのみこと)が坐す地として「美保」とされます。神統(高志国の神々との系譜)に触れる長い説明が特徴。
現在の松江市 美保関町周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
方結郷(かたえのさと)
【現代語要約】須佐能袁命の御子・國忍別命が「国形よし」と宣った地として「方結」とされます。
現在の松江市 鹿島町片江周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
加賀郷(かかのさと)
【現代語要約】佐太大神が生まれた地とされ、「闇き岩屋なるかも」との言葉と金の弓の光で「加加(かか)」と呼ばれた、という由来が語られます。神亀三年(726)に「加賀」の字に改めたとも。
現在の松江市 鹿島町加賀周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
生馬郷(いくまのさと)
【現代語要約】神魂命の御子・八尋鉾長依日子命が「吾が御子、平明らかにして憤まず」と宣ったことにちなみ「生馬」と呼ぶ、とされます。
現在の松江市 生馬町周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
法吉郷(ほふきのさと)
【現代語要約】神魂命の御子・宇武賀比賣命が「法吉鳥」に化して飛び渡り、この地に鎮まったことが由来とされます。
現在の松江市 法吉町周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
餘戸里(あまりべのさと)
餘戸里
【現代語要約】「餘戸(あまりべ)」は、郷の枠外に置かれた里(余剰戸・付属の戸口)を示す語とされ、説明は意宇郡の項と同様だと記されています。
比定地は断定しにくく、郡域内のいずれかに置かれた“別立ての里”として扱うのが無難です。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
千酌駅(ちくみのうまや)
千酌驛(ちくみのうまや)
【現代語要約】伊差奈枳命の御子・都久豆美命(つくづみのみこと)が坐す地で、本来は「都久豆美」と呼ぶべきところを、当時すでに「千酌」と呼ぶ、と記されています。
現在の松江市 島根町千酌(ちくみ)周辺に比定される説があります。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
原文まとめ(嶋根郡 郷里驛家)
出雲国風土記の記載を読む(原文全文)
朝酌郷(あさくみのさと)。郡家(ぐうけ)の 正南(まみなみ)一十里六十四歩なり。熊野大神命(くまぬのおほかみのみこと)詔(の)り たまひて、朝御餼(あさみけ)の 勘養(かむかひ)に、夕御餼(ゆふみけ)の 勘養(かむかひ)に、五贄(いつにへ)の 緒(を)の處定め給ひき。故(かれ)、朝酌と 云ふ。
山口郷(やまぐちのさと)。郡家の正南四里二百九十八歩なり。須佐能袁命(すさのをのみこと)の御子、都留支日子命(つるぎひこのみこと)の 詔(の)りた まひしく、「吾(あ)が 敷(し)き 坐(ま)さむ 山口の處なり」と 詔(の)りた まひしく。故(かれ)、山口と 負(おほ)せ 給ひき。
手染郷(たしみのさと)。郡家の 正東(まひがし)一十里二百六十四歩なり。所造天下大神命(あめのしたつくらししおほかみのみこと)の 詔(の)りた まひしく、「此の國は 丁寧(たし)に 造らせる國なり」と 詔(の)り たまひて。故(かれ)、丁寧(たし)と 負(おほ)せ 給ひき。しかるに、今の人、猶誤り て 手染郷(たしみのさと)と謂へるのみ。卽ち 正倉あり。
美保 郷(のさと)。郡家の正東二十七里一百六十四歩なり。所造天下大神命(あめのしたつくらししおほかみのみこと)、高志國(こしのくに)に 坐(ま)せる神、意支都久辰爲 命(おきつくしゐのみこと)の 子(みこ)、俾都久辰爲命(へつくしゐのみこと)の 子(みこ)、奴奈宜波比賣命(ぬながはひめのみこと)に 娶(みあ)ひて 產(う)みま しし神、御穗須々美命(みほすすみのみこと)、是の神 坐(ま)します。故(かれ)、美保(みほ)と 云ふ。
方結郷(かたえのさと)。郡家(ぐうけ)の 正東(まひがし)二十里八十歩なり。須佐能袁命(すさのをのみこと)の御子、國忍別命(くにおしわけのみこと)詔(の)りた まひしく、「吾(あ)が 敷(し)き 坐(ま)す地は、國形(くにかた)宜(え)し」とのりたまひき。故(かれ)、方結と云ふ。
加賀郷(かかのさと)。郡家の北西二十四里一百六十歩なり。佐太大神(さだのおほかみ)の 生(あ)まれしし所なり。御祖(みおや)、神魂命(かみむすびのみこと)の御子、支佐加比賣命(きさかひめのみこと)、「闇(くら)き 岩屋(いはや)なるかも」と 詔(の)り たまひて、金(こがね)の 弓(ゆみ)以(も)ちて 射給ひし時に、光り 加加明(かかや)けり。故(かれ)、加加(かか)と 云ふ。神龜三年に、字を 加賀改む。
生馬郷(いくまのさと)。郡家の西北一十六里二百九歩なり。神魂命の御子、八尋鉾長依日子命(やひろほこながよりひこのみこと)、詔(の)りた まひしく、「吾(あ)が御子、平明(やす)らかにして 憤(いく)まず」と 詔(の)りた まひき。故(かれ)、と生馬と 云ふ。
法吉郷(ほふきのさと)。郡家の正西一十四里二百三十歩なり。神魂命の御子、宇武賀比賣命(うむかひめのみこと)、法吉鳥(ほふきどり)と 化(な)りて 飛び 度(わた)りて、此の 處に靜まり坐 しき。故(かれ)、法吉と 云ふ。
餘戸里(あまりべのさと)。名を 說 く こと意宇郡の如し。
千酌驛(ちくみのうまや)。郡家の東北一十七里一百八十歩なり。伊差奈枳命(いざなぎのみこと)の 御子、都久豆美命(つくづみのみこと)、此の處に 坐(ま)せり。然(しか)れば 則ち 都久豆美(つくづみ)と 謂ふべきを、今の人猶千酌と 號(なづ)くるのみ。
比定地・補足メモ
- 郷名の多くは、現代の地名(朝酌・法吉・生馬・加賀・片江・美保など)と重なるため、現地で「名前の連続性」を体感しやすい郡です。
- 本文中の「郡家からの方角・里程」は、郡内配置を考えるヒントになります(ただし郡家位置の比定は諸説あるため、距離は“目安”として扱うのが安全です)。
- 加賀郷は「加加→加賀」への表記改定が明記され、年代(神亀三年)まで示される点が特徴です。
- 千酌駅は「都久豆美(つくづみ)と呼ぶべき」をわざわざ言い添えるため、古名と当時の通称のズレが読み取れます。
アクセス(代表地点)
郡域が広いため、まずは代表地点として「千酌(島根町)周辺」を地図の起点にしています。目的地に応じて、朝酌(松江市東部)・加賀(鹿島町)・美保関方面などへ展開してください。
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