【出雲国風土記】仁多郡の郷里と駅家一覧|4郷12里の地名由来まとめ|奥出雲町・安来市
『出雲国風土記』に記される「仁多郡(にたのこおり)」は、郷(さと)4・里(こざと)12から成るとされます。
本記事では、仁多郡の各郷名(読み)と地名由来を、現代語要約でサクッと整理。
あわせて、現在の比定地メモ(おおよその位置)もまとめました。現地散策の下調べにどうぞ。
仁多郡の概要
仁多郡(にたのこおり)は、『出雲国風土記』に「郷4・里12」として記される地域です。
郷名は「三處(みところ)・布勢(ふせ)・三澤(みざわ)・横田(よこた)」の4つ。各郷ごとに里が3つずつ付く、とされています。
- 郷(さと):4
- 里(こざと):12(各郷に3里ずつ)
- 主な比定地:奥出雲町周辺(郷によっては安来市広瀬町比田を含む説)
仁多郡の郷と里の名前(郷名一覧)
三處郷(みところ)
【現代語要約】「この地の田は良い。ここは“わが御地(みところ)の田”だ」と大穴持命が述べたことに由来するとされます。
【比定地メモ】現在のおおよその位置:奥出雲町 仁多東北部に安来市広瀬町比田を加えたあたり(残存地名:奥出雲町三所)。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
三處郷。卽ち郡家に屬けり。大穴持命、詔りたまひしく、「此の地の田好し。故、吾が御地の田」と詔りたまひき。故、三處と云ふ。
布勢郷(ふせ)
【現代語要約】古老の伝えでは、大己貴命(大穴持命)が“宿(ふ)せり坐した”場所であったため「布世(ふせ)」と呼んだ、とされます(後に字を「布勢」へ改めた旨の記載あり)。
【比定地メモ】現在のおおよその位置:奥出雲町 仁多西北部(残存地名:奥出雲町布勢)。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
布勢郷。郡家の正西一十里なり。古老の傳へに云へらく。大神命の宿り坐しし處なり。故、布世と云ふ。神龜三年に、字を布勢と改む。
三澤郷(みざわ)
【現代語要約】大穴持命の子・阿遲須伎高日子命が、長く泣きやまず言葉が通じなかったが、ある夜「御澤(みざわ)」と言ったことが地名の由来とされます。澤の水で沐浴した、という伝承も続きます。
【比定地メモ】現在のおおよその位置:奥出雲町 仁多西部〜横田馬木周辺(残存地名:奥出雲町三沢)。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
三澤郷。郡家の西南二十五里なり。大神大穴持命の御子、阿遲須伎高日子命、御須髮八握に生ふるまで、晝夜哭き坐して、辭通はざりき。爾の時、御祖命、御子を船に乘せて、八十嶋を率巡りて宇良加志(慰かし)給へども、猶哭き止みたまはざりき。大神、夢に願ぎたまひしく、「御子の哭く由を告りたまへ」と夢に願ぎ坐しき。その夜、御子の辭通ふと夢見坐ししかば、則ち寤めて問ひ給ふに、爾の時、「御澤」と申したまひき。爾の時、「何處をか然云ふ」と問ひ給へば、卽て御祖の前を立ち去り出で坐して、石川を度り、坂上に至り留まりて、「是處ぞ」と申したまひき。爾の時、其の澤の水沼出だして、御身沐浴ぎ坐しき。故、國造、神吉事奏しに朝廷に參向かふ時、其の水沼出だして用ひ初むるなり。此に依りて、今も產婦、彼の村の稻を食はず。若し食へば、生まるる子已にもの云はず。故、三澤と云ふ。卽ち正倉あり。
横田郷(よこた)
【現代語要約】郷の中に、四段ほどの“形がやや長い田”があったため、田にちなみ「横田」と呼んだ、とされます(正倉あり、鉄の産も語られます)。
【比定地メモ】現在のおおよその位置:奥出雲町 横田・鳥上・八川周辺(残存地名:奥出雲町横田)。
出雲国風土記の記載を読む(原文)
橫田郷。郡家の東南二十一里なり。古老の傳へに云へらく、郷の中に田四段許あり。形聊か長し。遂に田に依りて、故、橫田と云ふ。卽ち正倉あり。以上の諸の郷より出す所の鐵、堅して尤も雜具を造るに堪ふ。
出雲国風土記の記載(原文全体)
▼ 原文全文(クリックで開く)
仁多郡 仁多郡(にたのこほり) 合はせて郷(さと)四。里(こざと)一十二。 三處(みところ)郷(のさと) 今も前(さき)に依りて用ゐる。 布勢(ふせ)郷 本(もと)の字は布世(ふせ)。 三澤(みざは)郷 今も前に依りて用ゐる。 橫(よこ)田(た)郷 今も前に依りて用ゐる。 以上四、郷別(さとごと)に里(こざと)三。 仁多(にた)と號(なづ)くる所以(ゆゑ)は、所造天下大神大穴持命(あめしたつくらししおほかみおほなもちのみこと)、詔(の)りたまひしく、 「此の國は大きくも非ず、小(ちさ)くも非ず、川上は、木の穗(ほ)㓨(さ)し加布(交ふ)。 川下は、河(かは)志婆布(しばふ)這(は)ひ度(わた)れり。 是は爾(に)多(た)志(し)枳(き)小(を)國(くに)なり」と詔りたまひき。 故(かれ)、仁多と云ふ。
※以下、各郷の条文(由来・原文抜粋)は上の「郷カード」に掲載しています。
現地写真ギャラリー
三澤神社(弎澤社)|仁多郡を代表する風土記所載社。
伊賀多氣神社(伊我多氣社)|横田の延喜式内社。。
長者屋敷跡
比定地・補足メモ
- 三處郷:奥出雲町仁多東北部+安来市広瀬町比田あたり(残存:奥出雲町三所)
- 布勢郷:奥出雲町仁多西北部(残存:奥出雲町布勢)
- 三澤郷:奥出雲町仁多西部〜横田馬木周辺(残存:奥出雲町三沢)
- 横田郷:奥出雲町横田・鳥上・八川周辺(残存:奥出雲町横田)
アクセス(地図)
※本記事の代表地点(撮影地周辺)の目安:島根県仁多郡奥出雲町竹崎870 付近
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|---|---|
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