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2019年8月18日日曜日

出雲国風土記 仁多郡 『大原社・石壷社(石壷神社)』

出雲国風土記 仁多郡 『大原社・石壷社(石壷神社)』

ご 由 緒
石壺神社概記

鎮座地 雲南市木次町平田一九六〇番地

御祭神 武雷命 齋主命 天児屋根命 比咩大神

合殿 若宮八幡宮
御祭神 譽田别命 玉依姬命 息長足姬命

境内社
社日社 天照皇大神 大己貴命 少彥名命 倉稲魂命 殖安命

杵築神社 大山祇命 素盞鳴命 大己貴命
尾呂地神社 蛇神
荒神社

御由緒および地名記
当神社は「出雲の国風土記」(七三三年)に「大原社」岩坪大明神と記された古い社でその創立は詳らかでない。
昔は仁多郡の三沢村郷内であって「尾原村」と言われていた。 社地は簸の大川(斐伊川)の屈曲した川に囲まれて独立した岩山で真にその名のとおりの「岩壺」であって清廉閑雅の神域であるその山容はあたかも巨大な亀が大川に対するが如して「亀山」と呼ばれてきた。「神代藻塩草」(江戸時代)の「出雲社記」には雲州仁多の佐白と大原郡中久野村の境に「八頭坂」がある。素盞嗚命が八岐蛇を斬られた所である。 八頭坂を西に下った斐伊の郷には「八本杉」があって大蛇の頭が祀られてあり「尾原村」には大蛇の尾が祀られてあるその故に「尾原」と言うと記されてある。
当社の上流の北原と尾原地区に大規模な「多目的ダム」が建設されることになりその造成工事のために当神社をはじめ周辺の田畑や道路等を改修整備するために神社は平成十一年五月六日に仮殿遷座祭を斎行翌十二年十月二十八日移転新案成った社殿にて本殿遷座祭を斎行した。
『石壷神社御由緒』より


御 祭 神
武雷命 齋主命 天児屋根命 比咩大神(春日四神)
合  殿
譽田别命 玉依姬命 息長足姬命

石壷神社-本殿
石壷神社-本殿
本殿
本殿
石壷神社-拝殿
石壷神社-本殿と拝殿
拝殿
本殿と拝殿
石壷神社-拝殿の内部
石壷神社-御由緒
拝殿の内部
御由緒
石壷神社-社日碑
石壷神社-杵築神社
境内社 社日碑(天照皇大神・大己貴命
・少彦名命・倉稲魂命・埴安命)
境内社 杵築神社(大山祇命
・素戔嗚命・大己貴命)
石壷神社-荒神社
石壷神社-尾呂地神社
境内社 荒神社(山ノ神)
境内社 尾呂地神社(蛇神【おろちの尾】)
石壷神社-鳥居
石壷神社-境内
鳥居(以前のもの?)
境内
石壷神社-拝殿の扁額
石壷神社-鳥居の扁額
拝殿の扁額
鳥居の扁額
石壷神社-本殿横の狛犬
石壷神社-本殿横の狛犬
本殿横の狛犬
本殿横の狛犬
石壷神社-狛犬
石壷神社-狛犬
狛犬
狛犬
石壷神社-何らかの石
石壷神社-境内の白梅
何かの石
境内の白梅

地図

問い合せ
住 所
島根県雲南市木次町平田1960
電 話
--
ホームページ
--
メールアドレス
--
ご朱印
有無は不明
駐 車 場

隣にある尾原農村公園管理棟の駐車場に駐車していいのかわからないので前にあるグラウンドの端っこに停めさせてもらい参拝しました。


出雲国風土記 神門郡 『美久我社(彌久賀神社)』

出雲国風土記 神門郡 『美久我社(彌久賀神社)』

ご 由 緒
彌久賀神社

御祭神
主祭神 天之御中主大神
合 祀 宇賀御魂神

神  紋 二重龟甲遠鷹祠(羽)

由緒

当社の大神さまは、神代の昔天地いまだ漂う時初めて宇宙を治められた神代最高の位の大神、天之御中主大神さまで天照大神さまの御祖父さまであります。何時頃からこの地に奉られたか定かでありませんが、文字が我が国に伝来し聖武天皇天平五年(七三三年)出雲風土、記延喜式、出雲国巡拝記等の古文書等に記されており古社なること明らかです。又社名は、出雲風土記(美久我の社)延喜式(彌久賀神社)慶長時代から文政時代(若一玉子権現御社)と言い嘉祥四年に正六位に叙せられ、明治四年に郷社となり遠い昔の私達の先祖から今に至るまで多くの人々の心の支えとして敬仰される神社であります。

苗鹿神社 御祭神 天太王命
本社は、元大池村字苗鹿原に神社として奉られていたが明治四十年に摂社として境内地に移転遷座、何時頃から苗鹿原に奉られたか定かでありませんが「由緒」この神様は、山から鹿に乗り鹿の背に稲を取かけて下り里人に苗を与え農耕を広めし神と言われ、歴史的に明らかなことは享保元年から文政八年頃まで苗鹿大明神御社と云い以後社名を苗鹿神社となり、明治四年に村社となりました。

惠比須神社 御祭神 大己貴命 事代主命
本社は、元大池村字明神に無格社恵比須神社として奉られ明治四十年に末社として境内地に移転し奉られし社であります。

疫病神社 御祭神 八十禍津日神 大禍津日神
本社は、疫病の流行を防ぐ社で何時からこの地に奉られたか不明。明治初年から昭和二十五年頃まで大池から差海全域に渡り腸チブスが大流行し約百人余りの方が亡くなり、これを鎮めるため昭和二十四年十二月に再建した社であり
ます。
『彌久賀神社境内御由緒』より


御 祭 神
天之御中主大神
合  祀
宇賀御魂神

彌久賀神社-本殿
彌久賀神社-本殿
本殿
本殿
彌久賀神社-拝殿
彌久賀神社-拝殿内
拝殿
拝殿の内部
彌久賀神社-拝殿の扁額
彌久賀神社-鳥居の扁額
拝殿の扁額
鳥居の扁額
彌久賀神社-境内摂社 苗鹿神社
彌久賀神社-境内末社 稲荷神社
境内摂社 苗鹿神社(天太玉神)
境内末社 稲荷神社(正一位稲荷大明神)
彌久賀神社-境内末社 恵比寿神社
彌久賀神社-境内末社 疫病神社
境内末社 恵比寿神社(大己貴神・事代主神・船玉神・豊玉彦神・豊玉比女神)
境内末社 疫病神社(少名毘古那神・八十禍津日神・大禍津日神)
彌久賀神社-境内社 神御祖ノ社
彌久賀神社-境内社 神御祖ノ社の神像
境内社 神御祖ノ社
神御祖ノ社の子宝夫婦神(伊弉諾尊・伊弉冉尊)
彌久賀神社-御神木
彌久賀神社-??
御神木
??
彌久賀神社-三寶荒神
彌久賀神社-井戸明府碑
三寶荒神
井戸明府碑
彌久賀神社-社と丸い石
彌久賀神社-手水舎
小さな社と丸い石
手水舎
彌久賀神社-狛犬
彌久賀神社-狛犬
狛犬
狛犬
彌久賀神社-狛犬
彌久賀神社-境内
狛犬
境内
彌久賀神社-御由緒
彌久賀神社-鳥居
御由緒
鳥居
彌久賀神社-社号標
彌久賀神社-出雲国風土記登場地標
社号標
出雲国風土記登場地標(美久我林)
彌久賀神社-仏堂

鳥居横の仏堂


地図

問い合せ
住 所
島根県出雲市湖陵町大池1302-1
電 話
0853-43-2025
ホームページ
http://www.icv.ne.jp/mikuga/index.html(彌九賀神社公式HP)
メールアドレス
--
ご朱印
有無は不明
駐 車 場
9号線から少し入ったところに15~6台程停められる駐車場があります。大型バスの駐車は事前にご連絡くださいとのこと。自分が行ったときはこの駐車場に気が付かず神社の鳥居の前に駐車して参拝しました。

2019年8月15日木曜日

出雲国風土記 秋鹿郡 『多太社(多太神社)』

出雲国風土記 秋鹿郡 『多太社(多太神社)』

ご 由 緒
御祭神 衝桙等乎而留比古命
    稲背脛命

御神徳 占い・勝負事・五穀豊穣・交通安全

御由緒
 創立年代は不詳ではありますが、出雲風土記の秋鹿郡多太郷の項に「多太社」と記載されている古社であります。
 須佐能乎命と櫛稲田姫との五番目の御子衝桙等乎而留比古命が国を巡っておられました時、この土地を訪れると「我が心は明るく汚れのない正しい心持ちになった。我はこの土地に鎮まろう」と言われました。故にこの「正しい」をとって「多太郷」という地名が付けられました。
 中世には、羽鳥大明神とも呼ばれていました。同祭神、同社名の神社は、全国でも二社のみにて、もう一社は石川県小松市に鎮座されています。

恒例大祭日  三月十八日    祈年祭
       十月二十日     例祭
                十一月二十二日 新嘗祭

境内神社 稲荷社
              八幡社
              社日碑

飛地境內神社  鱸田神社

鎮座地 松江市岡本町羽鳥八七六
『多太神社御由緒』より


御 祭 神
衝桙等乎而留比古命(つきほことおるひこのみこと)
稲背脛命(いなせはぎのみこと)
合   祀
伊弉冊命 速玉男命

多太神社-本殿と社日碑
多太神社-本殿
本殿と社日碑
本殿
多太神社-本殿と拝殿
多太神社-拝殿
本殿と拝殿
拝殿
多太神社-参道より拝殿
多太神社-全景
参道から拝殿
全景
多太神社-鳥居
多太神社-御由緒
鳥居
御由緒
多太神社-社号標
多太神社-境内摂社
社号標
境内摂社
多太神社-境内摂社
境内摂社については
社名・詳細はいずれも不明。
境内摂社
多太神社-境内摂社
多太神社-境内摂社
境内摂社
境内摂社
多太神社-手水
多太神社-手水の亀
手水
手水の亀
多太神社-飛地境內神社  鱸田神社

飛地境內神社  鱸田神社地図


地図

問い合せ
住 所
島根県松江市岡本町876
電 話
--
ホームページ
--
メールアドレス
--
ご朱印
有無は不明
駐 車 場
宍道湖方面から行くと神社の鳥居を過ぎたあたりに砂利の駐車場があります。

ちょっと寄り道...『須佐の七不思議』

 ちょっと寄り道...『須佐の七不思議』 須佐神社周辺には『須佐の七不思議』といわれる場所があります。 ※本文は上記案内板より 塩ノ井(しおのい) 境内に湧出している塩の井は大社の稲佐の浜に続いているので、微かに塩味を感じる。湧水に間湯があるのは潮の干満...