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出雲国風土記 楯縫郡 『葦原社・又葦原社(葦原神社)』

出雲国風土記 楯縫郡 『葦原社・又葦原社(葦原神社)』 御 由 緒 『 神社検索(島根) 』によると、 永禄九年(1566)丙寅、式内社又熊野社に高内弾正葦原社を併社する。同年九月七日、「大倉之丞久吉」により移転、遷宮を行う。 ※ 出雲国風土記には、葦原社・又葦原社・又葦原社・葦原社と4社が記載されている。 ※ 御祭神の葦原醜男命の「醜」の語意は「鬼のように強い」という意味で、 「葦原」は現実の人間の住む地上の世界」という意味で強く勇猛な男の神のことを表したもので大国主神の別名である。 古事記上の大国主神の事績の条に大国主の神は五つの御名があるがその内の別名が「葦原の色許男の神であると記されている。 御 祭 神 葦原醜男命(大国主神・大穴持命の別名) 本 殿 本 殿 拝 殿 葦原神社 扁額 神拝詞 狛 犬 狛 犬 境内社:石上神社 御井神・ 伊弉冊命・事解男命・速玉男命 石祠とお願い石 古来より、この石を左、右、左手の順に、撫でて、お願い事を唱えると叶うと云う。 詳忠碑 参道階段 鳥 居 地 図 問い合せ 住 所 島根県出雲市西郷町137 電 話 0853-63-2102 ホームページ -- メールアドレス -- 駐 車 場 出雲方面から国道431号線を平田方面に向かい、県道275号線との本田橋交差点を左折して1.5km程進んだ交差点を右折すると右手に鳥居が見えます。 車は神社の鳥居の横に止められます。

国の特別記述

国の特別記述 十字街(ちまた) 出雲国風土記登場地標柱 十字街 道度 ( みちのり ) 國の東の堺より、西に 去 ( ゆ ) くこと二十 里一百八十歩 にして 、 野城 ( ぬき ) 橋 に至る 。長 さ三十 丈七尺 、 廣 さ 二丈六尺 あり 。 飯梨河なり 。又 、 西 二十 一里 にして 國廳 ( くにのまつりごとのや ) 、 意宇 ( おうの ) 郡家 ( ぐうけ ) の 北 なる 十字街 ( ちまた ) に至り、 卽 ち 分 か れて 二 つの 道 となる 。一 つは 正西道 ( まにしのみち ) 、 一 つは 枉北道 ( きたにまがれるみち ) なり。 枉北道 ( きたにまがれるみち ) は、 北 に 去 ( ゆ ) くこと四里二百六十六 歩 にして、 郡 の 北 の 堺 なる 朝酌渡 ( あさくみのわたり ) に至る 。渡 り 八十歩 。 渡船 ( わたしぶね ) 一 つあり 。又 、 北 へ 一十 一 里一百 四十 歩 にして、 嶋根 ( しまねの ) 郡家 に至る 。 郡家 より北に 去 ( ゆ ) くこと 一十七里一百八十歩 にして、 隱岐渡 ( おきのわたり ) 、 千酌驛家 ( ちくみのうまや ) の 濱 に至る 。渡船 あり 。 又、郡家より西へ一十五里八十歩にして、郡の西の堺なる 佐 ( さ ) 太 ( だ ) 橋 に至る 。長 さ 三丈 、 廣 さ 一丈 あり 。佐太川 なり 。又 、 西 へ八里二 百歩 にして、 秋鹿 ( あきか ) 郡家 に至る。 又 、 郡家 より 西 に 一十五里 一 百歩 にして、 郡 の 西 の 堺 に至る 。又 、 西 へ 八里二百六 十四歩 にして、 楯縫 ( たてぬひ ) 郡家 に至る 。 又、郡家より西へ七里一百六十歩にして、郡の西の堺に至る。又、西へ一十里二百二十歩にして、出雲 郡家 ( ぐうけ ) の 東 の 邊 ( ほとり ) 、 卽 ち 正西 ( まにし ) 道 ( のみち ) に入るなり。 惣 ( す ) べて 枉北道 ( きたにまがれるみち ) の 程 ( みちのり ) 、一百三 里一百一十歩 の 中 、 隱岐道 ( おきへのみち ) は 一十七里一百八十歩 なり 。 正西 ( まにし ) 道 ( のみち ) は、 十字街 ( ちまた ) より 西 へ 一十二里 にし