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出雲国風土記 飯石郡 『兎比社(兎比神社)』

  出雲国風土記 飯石郡 『兎比社( 兎比神社)』 御 由 緒 兎比神社 祭神 足名椎命         須佐之男命の妻 櫛稲田姫の父神         手名椎命         須佐之男命の妻 櫛稲田姫の母神  相殿 多賀社  葦麗社 由緒 創立は不詳なるも天平五年二月(七三三年) に勘造された古典出雲風土記に、兎比社 多賀社 葦鹿社 と明記されているものは 即ちこの神社である。  大祭日  祈年祭 三月二十一日       例大祭 十月十五日        (現在は十月の第三日曜日)              新嘗祭 十一月二十三日 御 祭 神 足名椎命   手名椎命 配  祀 天御中主命 大己貴命 大山祇神 誉田別命 仲哀天皇  神功皇后 本殿 本殿 幣殿 拝殿 本殿の後ろの何か書かれたもの 拝殿 扁額 拝殿前の狛犬 拝殿前の狛犬 狛犬 狛犬 狛犬 狛犬 鳥居と隋神門 境内 左手に土俵 鳥居 鳥居の扁額 全景 手水 兎比神社 案内板 社号標 参道階段 社日碑 忠魂社 吉田神社 粟嶋神社 境内の祠 吉田稲荷講社 由来 吉田稲荷講社が昭和十年村内世話人一同により結ばれてより、昭和 二十七年兎比神社境内に、京都伏見神社から御分霊を勧請した社祠を 遷座して年々の祭事を執り行っています。 稲荷神社の御祭神は豊受姫大神であります。 稲荷神社はもと「稲荷」、あるいは「稲生」の神とし五穀の豊穣を祈 る信仰から生まれた名で、後世「稲荷」の字を当てたものとされてい ます。 穀物は心と体をを養う「いのち」の根源であり、経済生活の基本とな

出雲国風土記 飯石郡 『須佐社(須佐神社)』

  出雲国風土記 飯石郡 『須佐社(須佐神社)』 今回は出雲国風土記の須佐社に比定され,須佐之男命御魂鎮めの御社『須佐神社』の紹介です。 出雲国神仏霊場 の第18番の霊場でもあります。  交通安全や厄除の祈願には必ずこちらにお願いしています。   ご 由 緒 須佐神社(須佐大宮) 須佐神社は、神話の国出雲地方を潤す神戸川の上流に祀られて いる延喜式内の古社で須佐之男命と稲田比売命の御子の子孫と 伝えられる須佐家が代々仕えている神社である。 『出雲国風土記』には「須佐之男命が『この土地は狭いところであるが 住み良い所である。だから自分の名は木や石には付けず、この土地 に付けよう』と仰せられて自分の御魂を鎮め、大須佐田、小須佐田 をお定めになった。それゆえに須佐という。」と記されている。  現在の本殿(大社造)は天文二十三年(一五五四)尼子晴久が改築、 文久元年(一八六一)藩主松平定安が修造した正統的な大社造で、 栩葺の出雲を代表する堂々とした構えをもつ。  社宝には、尼子晴久奉納・兵庫鎖太刀(国指定重要文化財)、 室町時代の作である舞楽面「納曽利」・南北朝から室町初期の 黒韋威鎧残欠(県指定文化財)、などが残されている。  須佐之男命が自ら御魂を鎮め、名を土地に付けられた御魂鎮の 聖地、御名代としての霊跡の地の社として朝廷を始め国守、藩主等の 崇敬を集めた由緒ある神社である。 『須佐神社御由緒』より 御 祭 神 須佐之男命 配  祀 稲田姫命 足摩槌命 手摩槌命 本殿(西側から) 本殿(東側から) 鳥居     拝殿 鳥居近くの社号標 県道39号線の社号標 亀 石 『大杉さん』...何かパワーを感じられる場所です。 『大杉さん』 御朱印 出雲国神仏霊場 の御朱印 入り口にある干支 神楽殿 手水 御由緒掲示板