【出雲国風土記】意多伎神社(意陀支社)|飯梨郷の伝承が残る古社|意宇郡・安来市飯生町

2026年9月30日水曜日

安来市 意宇郡 意多伎神社 出雲国風土記 神社巡り 飯生町

【出雲国風土記】意多伎神社(意陀支社)|飯梨郷の伝承が残る古社|意宇郡・安来市飯生町

島根県安来市飯生町の意多伎神社(おたきじんじゃ)を訪ねました。道路沿いの鳥居から石段を上がると、木々に囲まれた随神門と社殿が現れます。『出雲国風土記』意宇郡に記された意陀支社の比定社とされ、大国魂命と飯梨郷の伝承にもゆかりがある神社です。

🎥 動画でも意多伎神社を巡れます

「399社を一社ずつ巡る旅」。実際の参拝写真で、鳥居から石段、随神門、境内へとたどります。

▶ 意多伎神社の参拝動画を見る

意多伎神社の拝殿正面と石畳の参道
目次

意多伎神社の概要

意多伎神社は、島根県安来市飯生町679番地に鎮座します。島根県神社庁が掲載する正称と読みは「意多伎神社(おたきじんじゃ)」。現地の社号標にも「意多伎神社」と刻まれています。

入口の鳥居は道路に面し、そこから石段を上がって境内へ向かいます。参拝の道筋に沿って写真を見ていくと、麓から社殿までの高低差や、木々に包まれた境内の様子が伝わってきます。

『出雲国風土記』の意陀支社と飯梨郷

『出雲国風土記』意宇郡の神社一覧には「意陀支社」が記され、現在の意多伎神社はその比定社とされています。ただし、一覧には「意陀支社」が二度現れます。同じ名前が二度あることと、現在の一社をその二か所の記載へどう対応させるかは、分けて考える必要があります。

意陀支社 市原社
〔中略〕意陀支社 前社

上は『出雲国風土記』意宇郡の神社一覧から、前後の社名を含めて抜き出したものです。表記や文字の補訂には伝本・校訂による差があるため、ここでは二度の記載があることを確認するにとどめます。同じ意宇郡の一覧には「食師社」も別に記されています。食師社と現在の境内に伝わる社との関係は、後世の伝承や比定を通じて考えるべきもので、風土記本文だけで同一と断定はできません。

一方、意宇郡の飯梨郷の条には、次の地名由来が記されます。

飯梨鄉。郡家東南卅二里。大國魂命天降坐時,當此處而御膳食給。故云飯成。

大国魂命がこの地で食事をしたことから「飯成」と呼んだ、という内容です。神社の由緒はこの記述と結び付けて語られますが、風土記の地名説話そのものと、現在の神社について伝えられる由緒は区別して読むと分かりやすいでしょう。

原文の確認には『出雲国風土記』意宇郡の公開本文を参照しました。

御祭神と伝承

伝えられる神社の由緒では、本殿に大国魂命と大田命、若宮に倉稲魂命を祀るとされています。大国魂命が当地の人々に農耕を教えたという話も社伝に含まれます。古代の出来事として確かめられた記録ではなく、この土地に伝わる神社の由緒として受け取りたいところです。

島根県の文化財一覧には、飯生町の「意多伎神社管粥神事」が無形民俗文化財として掲載されています。境内を訪ねると、食や農耕に関わる伝承が、地名の説明だけでなく祭りにもつながっていることに目が向きます。

鳥居から境内へ――現地写真でたどる意多伎神社

道路側から見ると、鳥居と石段が木立へ向かって続きます。まずは入口に立ち、参道を見上げるところから参拝が始まります。

道路に面した意多伎神社の入口
道路側から見た意多伎神社の鳥居と石段

鳥居の社号標には「意多伎神社」とあります。古い資料に見える社名「意陀支社」と、現在掲げられている社名を見比べられる一枚です。

鳥居に掲げられた「意多伎神社」の社号標
意多伎神社と刻まれた鳥居の社号標

石段は木々の間をまっすぐ上へ延びています。麓から社殿がすぐ近くに見える造りではなく、一段ずつ上がるうちに境内へ近づいていきます。

木立の中を上がる石段
意多伎神社の境内へ続く石段

石段の先には随神門があり、その向こうに拝殿が見えます。門をくぐる前後で景色が開けるのも、現地を歩く楽しさの一つでした。

随神門の先に見える拝殿
意多伎神社の随神門と奥に見える拝殿

拝殿の奥には本殿があり、周囲を木製の柵が囲んでいます。写真には手前の小祠も写りますが、この一枚だけからその社名や御祭神を決めることはできません。

柵越しに見る本殿と小祠
意多伎神社の本殿と柵の手前に建つ小祠

境内には小祠も建っています。屋根や柱、社の前に張られた注連縄を近くから見ることができます。

境内に建つ小祠
意多伎神社の境内に建つ木造の小祠

本殿の近くには狐像が列をなします。食師社と境内の稲荷社を結び付ける伝承もありますが、写真から読み取れるのは、まずこの狐像が並ぶ現地の姿です。

境内に並ぶ狐像
意多伎神社の境内に一列に並ぶ石造りの狐像

木々の間には、注連縄を張った場所も見られます。社殿だけでなく、境内の樹木やその足元にも目を向けたくなります。

注連縄が張られた境内の樹木
意多伎神社の境内で注連縄が張られた樹木

飯生町の地形と立地

意多伎神社の入口は道路沿いにあり、石段を上がった高い場所に社殿があります。写真でも、麓の鳥居と木立に包まれた境内とでは景色が変わることが分かります。飯梨郷の伝承を読んでからこの道を歩くと、地名と神社を結び付けて伝えてきた土地の歴史が、参拝の道筋にも重なって感じられます。

動画で意多伎神社を巡る

『出雲国風土記』掲載神社、399社を一社ずつ巡る旅。 意宇郡の意多伎神社を、実際に参拝した写真とともにご紹介します。 木立の中の石段や随神門、本殿、境内の小祠や狐像を動画でもご覧ください。

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まとめ

意多伎神社では、道路沿いの鳥居から石段、随神門、拝殿、本殿へと進む道筋そのものが印象に残りました。『出雲国風土記』には意陀支社が二度記され、飯梨郷には大国魂命の食事にちなむ地名由来が載ります。現在の神社の由緒や境内の姿を、それぞれの出典と現地写真に照らしながら訪ねたい一社です。

※記事内容には正確を期していますが、掲載情報に誤りや変更点がありましたら、お手数ですが 問い合わせフォーム からお知らせください。内容を確認のうえ、必要に応じて訂正いたします。

意多伎神社の地図・基本情報

  • 神社名:意多伎神社(おたきじんじゃ)
  • 所在地:島根県安来市飯生町679番地
  • 掲載郡:『出雲国風土記』意宇郡
  • 電話番号:公式情報をご確認ください
  • 公式サイト:公式情報をご確認ください
  • 御朱印:授与状況は現地または公式情報をご確認ください
  • 駐車場:現地案内をご確認ください

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