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ちょっと寄り道...出雲國神仏霊場

出 雲 國 神 仏 霊 場


全く興味のなかった島根県...(笑)!
興味を持つ(特に出雲地方)ようになったのが10年ほど前に生まれて初めて訪れた『出雲大社』でたまたま見かけた『出雲國神仏霊場』の文字...良くないことが続いていたので『よしっ...これ巡ってみよう』と思ったのがきっかけです。
平成22年10月に1回目の満願をむかえ、現在は出雲国風土記の掲載社を巡りながら2回目をコツコツと巡っています。

出雲國神仏霊場』とは...
宍道湖・中海の周りを囲む出雲地方(島根県東部および鳥取県西部)の20の神社とお寺が結成した『出雲の国 社寺縁座の会』が主催する霊場巡りです。

参加寺院は...
  • 第1番:出雲大社
  • 第2番:鰐淵寺
  • 第3番:一畑寺
  • 第4番:佐太神社
  • 第5番:月照寺
  • 第6番:賣布神社
  • 第7番:華蔵寺
  • 第8番:美保神社
  • 第9番:大神山神社・奥宮
  • 第10番:大山寺
  • 第11番:清水寺
  • 第12番:雲樹寺
  • 第13番:平濱八幡宮・武内神社
  • 第14番:八重垣神社
  • 第15番:熊野大社
  • 第16番:須我神社
  • 第17番:峯寺
  • 第18番:須佐神社
  • 第19番:長浜神社
  • 第20番:日御碕神社


巡拝帳 (授与料 1,500円)

各社寺に参拝て頂く御朱印を収められるようになっています。見開きページになっていて左側に御朱印を差し込み、右側に社寺の説明が書かれています。

出雲國神仏霊場-巡拝帳

護縁珠 (授与料 500円)

各社寺に参拝して御朱印を頂くと、その社寺の番号や名前・教えに因む文字の書かれた奥出雲町の雲州そろばんの技術を使って作られた護縁珠がいただけます。


出雲國神仏霊場-護縁珠

頂いた護縁珠を『護縁珠むすび』(授与料 1,500円)という組紐に通すと首から掛けられる巡拝の証になります。

注 護縁珠単体では頂けません 

満願之証 (授与料 3,000円)

20社寺をすべて巡って、最後の社寺の窓口に巡拝帳か護縁珠を見せると、希望する人に『満願之証』が頂けます。
『満願之証』にはメノウに満願と彫られた『満願勾玉』も頂けます。護縁珠むすびの一番大きな親玉の先に結べばいいとか...!

私の場合は美保神社で最後でした
満願之証ができるのを待っている間に拝殿内で神主さんに祝詞をあげて貰ったり、巫女さんの踊りを見せて貰えました。

出雲國神仏霊場-満願之証
出雲國神仏霊場-満願勾玉

注 満願勾玉単体ではいただけません。
  満願之証は一部の社寺(鍔淵寺・大山寺・大神山神社)では扱っていません。その場合は
社寺縁座の会』の事務局に申込用紙を郵送してください。



関連本
『出雲國神仏霊場公式ガイドブック』

出雲國神仏霊場-公式ガイドブック

20社寺の紹介や授与品・巡拝のマナー・地図などが書かれています。各社寺で購入できます。

『出雲国神仏霊場巡り心の旅』藤岡大拙 著


平成16年12月、出雲の国20社寺による「社寺縁座の会」が結成された。翌年4月の神仏霊場開きでは、出雲大社本殿で比叡山千日回峰行者、光永覚道大阿闍梨の般若心経の読経の声が流れた。これは実に、340年ぶりの歴史的なことであった。21世紀的神仏習合が始まった。直きこころも慈悲心も忘れ去られ、ただただ頽廃と混迷のうずまく現世を見るとき、宗教者は黙視する事ができなかった。神道、仏教の垣根をとり払って、ともにこの世の救済にたち上がったのである。誠に素晴らしい試みではないか。日本中の人々が待ち望んでいたことを、神話の国出雲で始めることの意義は大きい。(本文より抜粋)

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