【出雲国風土記】布自奈大穴持神社(布自奈社)|大己貴命を祀る式内の古社と「小宮さん」|意宇郡・松江市玉湯町

2026年9月15日火曜日

意宇郡 玉湯町 出雲国風土記 出雲神話 松江市 神社巡り 大己貴命 布自奈社 布自奈大穴持神社

【出雲国風土記】布自奈大穴持神社(布自奈社)|大己貴命を祀る式内の古社と「小宮さん」|意宇郡・松江市玉湯町

島根県松江市玉湯町布志名の山あいに鎮座する布自奈大穴持神社(ふじなおおあなもちじんじゃ)

主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。『出雲国風土記』意宇郡条に記される「布自奈社」の比定社の一つとされ、『延喜式神名帳』にも「布自奈大穴持神社」の名を残す古社です。

さらに境内には、地元で「小宮さん」とも呼ばれる布自奈神社・布自府神社が鎮まり、『出雲国風土記』に続けて記された「同布自奈社」との関係を今に伝えています。

今回は、山の斜面に開かれた静かな境内を歩きながら、本殿・拝殿・境内社を中心に紹介します。

布自奈大穴持神社の拝殿正面
木々に囲まれた布自奈大穴持神社の拝殿。
目次を開く

布自奈大穴持神社と『出雲国風土記』

布自奈大穴持神社は、古代の意宇郡に属した布志名の地に鎮座しています。

『出雲国風土記』意宇郡条の神社一覧には、次のように二つの社名が続けて記されています。

「布自奈社 同布自奈社」

「同布自奈社」は、「同じく布自奈社」という意味で、同じ名を持つ二社が近い関係にあったことをうかがわせる記載です。

一般には、前者の「布自奈社」を現在の布自奈大穴持神社、後者の「同布自奈社」を境内に鎮座する布自奈神社に比定する説があります。

一方で、古い二社の主従関係や祭神については異説もあり、どちらが本来の「布自奈社」であったのかについては資料によって見解が分かれています。そのため、本記事では一方に断定せず、現在の境内に二つの古社の系譜が伝わっていることを中心に紹介します。

平安時代の『延喜式神名帳』にも、意宇郡の式内社として「布自奈大穴持神社」「布自奈神社」が記されており、古くから布志名の地に二社が存在したことを考えるうえで重要な神社です。

御祭神と由緒

主祭神・大己貴命

布自奈大穴持神社の主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)です。

大己貴命は、大穴持命・大穴牟遅神などとも表記され、一般に大国主命の別名として知られています。出雲の国づくりや国譲りに関わる神として、島根県内の多くの古社で祀られています。

布自奈大穴持神社の社名そのものにも「大穴持」の名が残り、古代出雲の大国主信仰とのつながりを現在まで伝えています。

「鷹大明神」「高大明神」と呼ばれた時代

創建年代は明らかではありませんが、江戸時代の棟札には「鷹大明神」や「高大神」と記された例が伝えられています。

慶長19年(1614)・寛文5年(1665)の棟札には「鷹大明神」、貞享2年(1685)の棟札には「高大神」の名が見られるとされ、時代の中で呼称を変えながら布志名の氏神として祀られてきたことがうかがえます。

弘化2年の本殿

現在の本殿は、棟札資料から弘化2年(1845)の建築とされます。

切妻造・妻入の社殿で、拝殿の背後から一段高い場所に建ち、山の斜面に沿って社殿が配置されています。

布自奈大穴持神社の本殿側面
拝殿の奥、一段高い場所に建つ布自奈大穴持神社本殿。

境内を歩く|本社と「小宮さん」が残る古社

山の中へ続く神社入口

布自奈大穴持神社へ向かう道は、布志名の集落から山側へ入っていきます。

田畑の間を進むと細い参道へ分かれ、平地に建つ神社とは異なる、山裾の社らしい立地が見えてきます。車で訪れる場合は道幅が狭い場所もあるため、周囲への配慮が必要です。

布自奈大穴持神社へ向かう布志名の入口参道
布志名の集落から山側へ入る布自奈大穴持神社への道。

石鳥居

石段の先に立つ石鳥居が境内への入口です。

鳥居の向こうには木々が深く茂り、ここから境内へ向かって緩やかに高度を上げていきます。

布自奈大穴持神社の石鳥居と石段
木立の中に立つ石鳥居。ここから境内へ石段が続きます。

木々に囲まれた参道

鳥居をくぐると、石段を上る参道が続きます。

周囲は樹木に覆われ、集落に近い場所でありながら静けさのある境内です。斜面を利用して社殿や境内社がそれぞれ異なる高さに配置されています。

布自奈大穴持神社の石段参道と境内入口
鳥居から社殿へ続く石段の参道。

拝殿前に広がる境内

石段を上ると、山の斜面を切り開いた境内が広がります。

拝殿を中心に、周囲には複数の境内社や石祠が配されており、長い年月にわたって地域のさまざまな信仰が集められてきたことを感じさせます。

布自奈大穴持神社の拝殿と境内全景
拝殿や境内社が山の斜面に沿って並ぶ境内。

「小宮さん」と呼ばれる布自府神社

本殿脇の一段高い場所に鎮座する小社は、地元で「小宮さん」と呼ばれています。

資料によって布自奈神社・布自府神社・布自布神社など名称の表記に違いがありますが、『延喜式神名帳』所載の布自奈神社に比定される古社とされています。

祭神を事代主命とする資料もあり、『出雲国風土記』に本社と続けて記された「同布自奈社」との関係が注目されます。

本社と境内社のどちらが『出雲国風土記』の「布自奈社」「同布自奈社」に対応するかについては異説があるため、古代の関係をそのまま現在の社格に当てはめることは避けたほうがよいでしょう。

布自奈大穴持神社境内の布自府神社
本殿脇の高所に鎮座する布自府神社。「小宮さん」とも呼ばれます。

稲荷神社

境内には稲荷神社も祀られています。

大きな社殿とは対照的な小祠ですが、しめ縄が掛けられ、現在も丁寧に祀られている様子がうかがえます。

布自奈大穴持神社境内の稲荷神社
境内の木立の中に鎮座する稲荷神社。

金比羅宮

山際には石造りの小祠も見られ、金比羅宮として祀られています。

本社だけでなく、こうした小さな祠が境内各所に残っていることも、地域の信仰の重なりを感じさせる見どころです。

布自奈大穴持神社境内の石造りの金比羅宮
斜面の一角に祀られる石造りの金比羅宮。

荒神

境内の木の根元には、荒神として祀られている石造物があります。

注連縄や紙垂が添えられており、社殿を建てて祀る神々とは異なる、自然物や土地と結びついた信仰の姿を見ることができます。

布自奈大穴持神社境内の木の根元に祀られた荒神
大木の根元に祀られた荒神。

社日碑・天神社・穀木社

境内には社日碑とともに二つの小祠が並ぶ一角もあります。

現地では天神社・穀木社として伝えられる社があり、本社を中心に農耕や日々の暮らしに関係する信仰が集められてきたことをうかがわせます。

布自奈大穴持神社境内の社日碑と天神社・穀木社
境内に並ぶ社日碑と天神社・穀木社。

地形と立地|布志名の山裾に鎮まる社

布自奈大穴持神社は、平地から少し山へ入った斜面に鎮座しています。

入口付近には田畑が広がりますが、鳥居から先は木々に包まれ、短い距離の中で景観が大きく変わります。

境内そのものも平坦ではなく、本社・境内社・小祠が斜面の高低差を利用して配置されています。こうした立地は、山裾の自然地形とともに祭祀の場所が形づくられてきたことを思わせます。

また、現在の社殿よりさらに山側に旧社地ではないかと伝えられる場所があるとする記録もあります。ただし、古代の社地と確定しているわけではないため、旧社地の可能性を伝える場所として見るのが適切でしょう。

『出雲国風土記』を読んでみたい方へ

現代語訳・原文・地図の違いから、初心者にも選びやすい関連書籍7冊を比較しています。

▶ 出雲国風土記を初めて読む人におすすめの本7選

まとめ|二つの「布自奈社」の記憶を伝える神社

布自奈大穴持神社は、大己貴命を祀る松江市玉湯町布志名の古社です。

『出雲国風土記』には「布自奈社 同布自奈社」と二つの社が続けて記され、『延喜式神名帳』でも布自奈大穴持神社と布自奈神社の二社が確認できます。

現在も本社の脇には「小宮さん」と呼ばれる布自府神社が鎮まり、二つの古社の記憶を伝えているように見えます。ただし、本社と境内社のどちらが古代のどちらの社に対応するかについては異説があり、断定はできません。

山の斜面に沿って建つ本殿や拝殿、布自府神社、稲荷神社、金比羅宮、荒神などを歩いてみると、古代の風土記社だけでなく、長い時間をかけて地域の信仰が積み重なってきた神社であることが伝わってきます。

※記事内容には正確を期していますが、掲載情報に誤りや変更点がありましたら、お手数ですが 問い合わせフォーム からお知らせください。内容を確認のうえ、必要に応じて訂正いたします。

布自奈大穴持神社のアクセス・基本情報

神社名布自奈大穴持神社
読みふじなおおあなもちじんじゃ
所在地島根県松江市玉湯町布志名151
主祭神大己貴命
例祭10月25日
電話番号公式情報をご確認ください
公式サイト公式情報をご確認ください
御朱印授与状況は現地または公式情報をご確認ください
駐車場現地案内をご確認ください

あわせて読みたい

初掲載日:2026年9月15日
更新日:2026年9月15日
出雲の神様に会いに行こう!
~出雲国風土記探訪~@ぐうたら亭主

取得中…