【出雲国風土記】八束水臣津野命とは?国引き神話で“出雲のかたち”を作った神

2026年1月28日水曜日

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【出雲国風土記】八束水臣津野命とは?国引き神話で“出雲のかたち”を作った神


八束水臣津野命

「出雲は小さすぎる」——そう言って、海の向こうから陸を“引いて”つなぎ足した神が 八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)です。
『出雲国風土記』の冒頭に語られる国引き神話は、出雲の地形や地名の由来を丸ごと物語として読ませてくれる迫力があります。
この記事では、八束水臣津野命の概要と、国引き神話のあらすじ・舞台(杭と綱)を、現地散策の目線でやさしく整理します。

▼ 目次(クリックで開く)
  1. 八束水臣津野命とは(ざっくり結論)
  2. 出雲国風土記での登場(国引き神話の位置づけ)
  3. 国引き神話のあらすじ(読みやすい要約)
  4. 杭と綱の対応(地名・比定地メモ)
  5. 現地散策のヒント(景色の見方)
  6. 補足:呼び名・同一視の話(短く)
  7. 出雲国風土記の記載(原文:該当箇所)
  8. まとめ
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  10. お問い合わせ

八束水臣津野命とは

  • 出雲国風土記の冒頭に登場する“国引き神話”の主役の神。
  • 海の向こうの国(陸地)を綱で引いて出雲に縫い合わせ、国を大きくしたと語られます。
  • 神話が地形・海岸線・砂州の説明と結びついているのが、出雲らしさの核心です。

出雲国風土記での登場(国引き神話の位置づけ)

国引き神話は、『出雲国風土記』の中でも冒頭で語られる、非常に象徴的なパートです。 “神々の系譜”というより、出雲という土地そのものの成り立ちを、神話の言葉で説明しているのが特徴です。

読みどころ:
「どこから引いたのか」「どこでつないだのか」が、地名・地形の説明とセットで語られるため、現地の景色と照らして読むと面白さが増します

国引き神話のあらすじ(読みやすい要約)

国引き神話を、ここでは“旅人にも分かる要約”でまとめます。 (細部の語句は地域・文献で揺れがありますが、骨格は「杭を打つ→綱をかける→陸を引く→縫い合わせる」です)

  1. 出雲は小さいと感じた八束水臣津野命が、国を大きくすることを決める。
  2. 綱をかけるための杭(くい)として、山を“杭”に見立てる。
  3. 海の向こうの国(陸)に綱をかけ、引いて、つなぎ合わせる
  4. 引いた綱(砂州・浜)が“つぎ目”となって、出雲の地形が整う。

▶ 国引きを終えた八束水臣津野命が立ち止まり、 「意恵(おえ)」と語った場所については、こちらで詳しく紹介しています:
【出雲国風土記】意宇の杜(意宇の森)とは?|「意恵」の言葉が生まれた場所

杭と綱の対応(地名・比定地メモ)

国引き神話は、「杭(山)」と「綱(浜・砂州)」の対応を押さえると一気に理解しやすくなります。

役割 風土記に出る名 比定場所 イメージ
杭(くい) 佐比売山 三瓶山(さんべさん)とされることが多い 三瓶山。出雲国風土記では佐比売山として、国引き神話の杭に比定されることが多い山。
杭(くい) 火の神岳 大山(だいせん)とされることが多い 大山。出雲国風土記に登場する火の神岳として、国引き神話の杭に比定されることが多い霊峰。
綱(つな) 薗の長浜 長い浜の連なり(砂州)を想起させる 園の長浜。国引き神話で綱にたとえられる、長く連なる浜の風景。
綱(つな) 弓ヶ浜 鳥取県西部〜境港方面の弓形の砂州として有名 弓ヶ浜。国引き神話で綱に比定されることが多い、弓形に延びる砂州。

現地散策のヒント(景色の見方)

国引き神話を手がかりに現地を見るときは、次の3点だけ意識すると“出雲の景色が神話になる”感覚が掴みやすいです。

  • 高い所から海岸線を見る:砂州・浜の連なりが「綱」のイメージに近づきます。
  • “つぎ目”を探す:岬・浜・湖の境目など、地形が切り替わるポイント。
  • 地名を拾う:神話は地名説明とセット。看板ひとつで読解が進むことがあります。

補足:呼び名・同一視の話

八束水臣津野命は、文献・伝承の整理の中で別表記や同一視が語られることがあります。 ただし、この話は深掘りすると論点が増えるため、この記事では「諸説あり」として短く留めます。

  • 表記の揺れ(読みの揺れ)がある
  • 別名・同一視の説が紹介されることがある(※詳説は別記事に分けるのがおすすめ)

出雲国風土記の記載

▼ 原文(クリックで開く)

意宇(おう)と號(なづ)くる所以(ゆゑ)は、國引き坐(ま)しし八束水臣津野命(やつかみづおみづぬのみこと)、詔(の)りたまひしく、「八雲立つ出雲の國は、狹布(さぬの)の稚國(わかくに)なるかも。

初國(はつくに)小(ちさ)く作られり。故(かれ)、作り縫はな」と詔(の)りたまひて、「栲衾志羅紀(たくぶすましらき)の三埼(みさき)を、國の餘(あまり)ありやと見れば、國の餘あり」詔(の)りたまひて、童女(をとめ)の胸(むね)鉏(すき)取らして、大魚(おふを)の支太(きだ)(鰓)衝(つ)き別けて、波多須々支(はたすすき)(幡薄)穗振(ほふ)り別けて、三身(みつより)の綱打ち挂(か)けて、霜黑葛闇耶闇耶(しもつづらくるやくるや)(繰るや繰るや)に。河(かわ)船(ふね)の毛曾呂毛曾呂(もそろもそろ)に、「國來(くにこ)、國來(くにこ)」と引來(き)縫へる國は、去豆(こづ)の折(た)絶(え)よりして、八穗米支豆支(やほしねきづき)の御埼(みさき)なり。

かくて堅(かた)め立てし加志(かし)(杭)は石見國と出雲國との堺(さかひ)なる、名は佐比賣(さひめ)山、是なり。亦、持ち引ける綱は。薗(その)の長濱、是なり。

亦、「北門(きたど)の佐伎(さき)の國を、國の餘(あまり)ありやと見れば、國の餘あり」と詔(の)りたまひて、童女(をとめ)の胸(むね)鉏(すき)取らして、大魚(おふを)の支太(きだ)衝(つ)き別けて、波多須々支(はたすすき)穗振(ほふ)り別けて、三身(みつより)の綱打ち挂(か)けて、霜黑葛闇耶闇耶(しもつづらくるやくるや)に。河(かわ)船(ふね)の毛曾呂毛曾呂(もそろもそろ)に、「國來(くにこ)、國來(くにこ)」と引來縫へる國は、多久(たく)の折(た)絶(え)よりして、狹田(さだ)の國、是なり。

亦、北門の良波の國を、國の餘(あまり)ありやと見れば、國の餘あり」と詔(の)りたまひて、童女(をとめ)の胸(むね)鉏(すき)取らして、大魚(おふを)の支太(きだ)衝(つ)き別けて、波多須々支(はたすすき)穗振(ほふ)り別けて、三身(みつより)の綱打ち挂(か)けて、霜黑葛闇耶闇耶(しもつづらくるやくるや)に。河(かわ)船(ふね)の毛曾呂毛曾呂(もそろもそろ)に、「國來(くにこ)、國來(くにこ)」と引來縫へる國は、宇波(うなみ)の折(た)絶(え)よりして、闇見(くらみ)の國、是なり。

亦、高志の都都の三埼を、國の餘(あまり)ありやと見れば、國の餘あり」と詔(の)りたまひて、童女(をとめ)の胸(むね)鉏(すき)取らして、大魚(おふを)の支太(きだ)衝(つ)き別けて、波多須々支(はたすすき)穗振(ほふ)り別けて、三身(みつより)の綱打ち挂(か)けて、霜黑葛闇耶闇耶(しもつづらくるやくるや)に。河(かわ)船(ふね)の毛曾呂毛曾呂(もそろもそろ)に、「國來(くにこ)、國來(くにこ)」と引來縫へる國は、三穗の埼なり。

持ち引ける綱は、夜見嶋(よみのしま)なり。固堅(かた)め立てし加志(かし)は伯耆國(ははきのくに)なる火神岳(ひのかみのたけ)、是なり。

「今は國引き訖(お)へつ」と詔(の)りたまひて、意宇杜(おうのもり)に御杖(みつえ)衝(つ)き立てて、「意惠(おゑ)」と詔(の)りたまひき。故(かれ)、意宇(おう)と云ふ。謂(い)はゆる意宇杜(おうのもり)は、郡家(ぐうけ)の東北の邊(ほとり)、田の中にある塾(こやま)、是なり。周(めぐり)八歩許(ばか)り、其の上に木ありて茂れり。 

現代語まとめ(超要約):
八束水臣津野命が、杭(山)に綱をかけて海の向こうから陸を引き寄せ、出雲を縫い合わせて大きくした——という“地形の成り立ち”を語る神話です。

まとめ

  • 八束水臣津野命は、『出雲国風土記』冒頭の国引き神話の主役。
  • 「杭(山)と綱(浜)」で地形を説明するため、地図・現地写真と相性が良い。
  • 景色を“神話の言葉”で読み直すと、出雲の旅が一段深くなる。

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