【出雲国風土記】宇由比神社(宇由比社)|大国主神らを祀る古社|意宇郡・松江市宍道町

2026年9月8日火曜日

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【出雲国風土記】宇由比神社(宇由比社)|大国主神らを祀る古社|意宇郡・松江市宍道町

島根県松江市宍道町西来待に鎮座する宇由比神社(うゆひじんじゃ)。

『出雲国風土記』意宇郡に記される「宇由比社」の比定社とされる古社で、現在は大国主神・宇比地邇神・須比智邇神をお祀りしています。

道路沿いの石鳥居をくぐると、木立の中を長い石段が続き、その上に拝殿と本殿が鎮座します。さらに、現在地とは別に伊野谷と呼ばれる旧社地が伝えられていることも、この神社を知るうえで見逃せない特徴です。

今回は『出雲国風土記』の記載、御祭神や由緒、珍しい「御戸開祭」、そして現地で確認した社殿や境内の様子を写真とともに紹介します。

宇由比神社の拝殿正面と木立に囲まれた境内
木立に囲まれて鎮座する宇由比神社の拝殿。
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宇由比神社と『出雲国風土記』の宇由比社

宇由比神社は、天平5年(733年)にまとめられた『出雲国風土記』の意宇郡に記される「宇由比社」の比定社とされています。

意宇郡の神社を列記する部分には、次のように「宇由比社」の名が見えます。

宇由比社 支布佐社 毛禰乃上社 那富乃夜社

さらに、この一群については、

以上一十九所。並不在神祇官。

と記されています。

つまり宇由比社は、風土記に掲載された意宇郡の神社のうち、当時の「神祇官に在らぬ社」19社の一つとして記録されています。その19社の列記では、宇由比社が最初に登場します。

現在の宇由比神社が、この古代の「宇由比社」に比定されるとされています。ただし、『出雲国風土記』本文は社名を記すのみで、祭神や社名の由来、当時の鎮座地について詳しく説明しているわけではありません。

現在祀られている宇比地邇神と「宇由比」という社名には似た音も見られますが、両者の関係を『出雲国風土記』そのものが説明しているわけではないため、由来を断定せずに見ておく必要があります。

御祭神と由緒・御戸開祭

宇由比神社の御祭神

現在の宇由比神社では、次の三柱が主祭神として祀られています。

  • 大国主神(おおくにぬしのかみ)
  • 宇比地邇神(うひぢにのかみ)
  • 須比智邇神(すひぢにのかみ)

大国主神は、国造りや国譲りなど出雲神話を代表する神として知られます。

宇比地邇神と須比智邇神は、『古事記』などに登場する神世七代の神々で、男女一対として現れる神です。一方、島根県神社庁では宇由比神社の御神徳を「地域の鎮守」としており、古くから西来待の小松地区を中心に氏神として崇敬されてきた神社であることが分かります。

伊野谷に伝わる旧社地

宇由比神社には、現在の社地とは別に伊野谷と呼ばれる場所が旧社地として伝えられています。

『宍道町史』などをもとにした記録では、明治初年までは猪野社(伊野社)と称し、『雲陽誌』には「伊野大明神」と記されているとされます。近世には狩野大明神、伊野大明神などの名でも呼ばれていたと伝わります。

旧社地には石灯籠や小祠、「氏神旧趾」と刻まれた石碑が残り、かつては麦祭にあわせて元明神祭が行われていたとも伝えられています。

明治4年(1871年)には、小松地区に加えて中垣・内ヶ峠地区の氏神となったとされ、宇由比神社が地域の鎮守として受け継がれてきた様子がうかがえます。

直径約80cmの餅を奉納する「御戸開祭」

宇由比神社には、毎年1月21日に行われる「御戸開祭(みとびらきさい)」という珍しい特殊神事が伝えられています。

島根県神社庁によると、両親が健在で男児のいる家を当屋に定め、湯立て神事のあと、直径約80cmの大きな餅を青竹にくくりつけます。その餅を男児二人が担ぎ、太鼓の音とともに神社へ向かいます。

神社に到着すると御扉が開かれ、餅などを神前へ供え、一年の無病息災や五穀豊穣を祈願します。

古代の「宇由比社」という名だけでなく、地域に受け継がれてきた祭祀を見ることができるのも、宇由比神社の大きな特徴です。

境内・社殿を歩く

本殿

拝殿の後方には、石の玉垣に囲まれた本殿が鎮座しています。

宇由比神社の高床の本殿と石造りの玉垣
拝殿後方に鎮座する宇由比神社の本殿。

松江市による社寺建築調査では、現在の本殿は明治40年(1907年)の建築とされ、切妻造・妻入の社殿として記録されています。

高く設けられた床と屋根の姿が印象的で、周囲を取り囲む石造りの玉垣とともに、静かな社叢の中で存在感を見せています。

鳥居

宇由比神社の石鳥居と長い石段の参道
道路側に立つ石鳥居。その奥から長い石段が始まります。

宇由比神社の入口には石造りの鳥居が立ちます。鳥居越しに正面を見ると、その先に一直線に延びる石段が見えます。

長い石段の参道

宇由比神社の木立に囲まれた長い石段参道
木立の中をまっすぐ上る宇由比神社の参道。

鳥居から拝殿までは、木々に囲まれた長い石段が続きます。

道路に面した鳥居から少しずつ高度を上げ、社殿のある境内へ向かう参道は、宇由比神社の現地で特に印象に残る景観の一つです。

狛犬の先に広がる境内

宇由比神社境内の狛犬と拝殿へ続く石段
一対の狛犬の先に拝殿が見える宇由比神社境内。

石段を上りきると境内が開け、一対の狛犬が社殿を守るように向かい合っています。

境内を囲む木々が深く、社殿の周囲にも緑が迫ります。集落の氏神として祀られてきた神社でありながら、山の中に分け入ったような静かな雰囲気が残っています。

境内に残る小祠

境内には複数の小祠が祀られています。資料では総荒神や歳徳神などが祀られているとされていますが、今回の写真だけから個々の祠の祭神を特定することはせず、現地で確認できた姿を紹介します。

宇由比神社境内の石造小祠と石段
石段脇に祀られている小祠。
宇由比神社境内に並ぶ三基の石祠
社叢のそばに並ぶ三基の石祠。
宇由比神社境内の高い石台上に祀られた小祠
高い石台の上に祀られた境内の小祠。

大小の祠が境内の各所に残されていることからも、本社だけでなく、地域のさまざまな信仰が同じ境内で受け継がれてきたことを感じさせます。

宇由比神社の地形・立地

宇由比神社は、松江市宍道町西来待の小松地区にある山裾の斜面に鎮座しています。

道路沿いに鳥居があり、そこから急な石段を上った高い位置に拝殿・本殿が置かれています。周囲には社叢が広がり、境内へ進むにつれて集落側から山側へと景観が変わっていきます。

現在の社地だけを見ると山裾の鎮守らしい立地ですが、宇由比神社には西方の伊野谷を旧社地とする伝承も残されています。

『出雲国風土記』成立時の宇由比社が具体的にどの地点に鎮座していたのかは慎重に考える必要がありますが、現在の神社と旧社地の両方が伝承されていることは、宇由比神社の歴史を知るうえで重要な手がかりといえるでしょう。

宇由比神社の基本情報

神社名 宇由比神社(うゆひじんじゃ)
風土記社名 宇由比社
所在地 島根県松江市宍道町西来待157
掲載郡 意宇郡
主祭神 大国主神・宇比地邇神・須比智邇神
例祭 10月23日
特殊神事 御戸開祭(1月21日)
電話番号 0852-66-0647
公式サイト 公式情報をご確認ください
御朱印 授与状況は現地または公式情報をご確認ください
駐車場 現地案内をご確認ください

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まとめ|宇由比社の名を今に伝える西来待の古社

松江市宍道町西来待の宇由比神社は、『出雲国風土記』意宇郡に「宇由比社」として名が記される古社の比定社です。

現在は大国主神・宇比地邇神・須比智邇神を祀り、小松地区を中心とした地域の鎮守として受け継がれてきました。

長い石段の先に鎮座する社殿だけでなく、伊野谷に伝わる旧社地、伊野大明神の名、そして大きな餅を奉納する御戸開祭など、古代の風土記社から地域の氏神へと続く長い歴史を感じることができます。

『出雲国風土記』には社名しか記されていません。だからこそ、現在の境内を歩き、後世に残された由緒や祭祀を一つずつたどることで、「宇由比社」という古い名が現在まで受け継がれてきた姿が少しずつ見えてくる神社です。

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アクセス・地図

所在地:島根県松江市宍道町西来待157

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