ちょっと寄り道...伊賀武神社|五十猛命と境内の八重垣神社を訪ねて|奥出雲町佐白

2026年10月22日木曜日

ちょっと寄り道 伊賀武神社 奥出雲町 佐白 神社巡り 仁多郡 八重垣神社

ちょっと寄り道...伊賀武神社|石段の先に、本社と八重垣神社

奥出雲町佐白に鎮座する伊賀武神社(いがたけじんじゃ)。五十猛命と武御名方神を祀り、境内には稲田姫ゆかりの八重垣神社も鎮座しています。

今回は「ちょっと寄り道」として、石段の参道を進み、本社の拝殿・本殿、境内の八重垣神社や石碑を巡ります。現地の由緒板と参拝写真を手がかりに、佐白の神社を紹介します。

木々を背に建つ拝殿。写真には参拝当時の残雪も写っています。

掲載写真は過去の参拝時のものです。残雪や社殿周辺の状態は、撮影当時の様子としてご覧ください。

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伊賀武神社について

伊賀武神社の所在地は、島根県仁多郡奥出雲町佐白116番地。島根県神社庁の掲載でも、主祭神は五十猛命・武御名方神とされています。

入口の社号石には、伊賀武神社と八重垣神社の名が並んでいます。同じ境内に祀られた二つの社を、石段や鳥居をたどりながら参拝します。

御祭神と由緒

社名を掲げた扁額を見上げます。

五十猛命と武御名方神を祀る伊賀武神社。境内の由緒板によれば、創立年代は不詳ですが、1500年代に森脇山城守家貞や三澤為清らが本殿を修復・造営した記録があると伝えています。

修復の記録や、明治期の合祀・移築について記されています。

同じ由緒板には、明治39年(1906)に若杉神社、翌年に西尾神社を合祀し、あわせて九柱の神々を祀るようになったことも記されています。八重垣神社を八頭から境内へ移したのは、明治40年(1907)とされています。

古い社の歩みを伝える記録と、明治期に周辺の信仰が集まった経緯。その両方を知ると、入口に二社の名が並ぶ境内の姿が分かりやすくなります。

拝殿の奥に建つ本殿。屋根上の千木と鰹木が目を引きます。

鳥居・石段と境内の見どころ

入口の石には、同じ境内に祀られる二社の名が並んでいます。

入口の自然石には「伊賀武神社」「八重垣神社」の名が並びます。道路からは石段を上って参拝します。

道路側から石段を見上げたところ。中央には手すりがあります。

鳥居の向こうにも石段と参道が続いています。

木々に囲まれた参道を進むと、さらに鳥居と石段が続きます。鳥居の左右には狛犬も見え、社殿へ向かう道筋を見守っています。

石段を進む途中で、左右の狛犬が迎えてくれます。

西尾社の石碑

参道脇には「西尾社」と刻まれた石碑と石柱が残されています。由緒板に記された西尾神社の合祀を思い返しながら見たい場所です。脇の石造物については、用途を決めつけず、その姿を紹介します。

「西尾社」と刻まれた石碑が残されています。

社名の石柱と石造物。由緒板にある西尾神社の合祀にも目を向けます。

伊賀武社境内横穴墓跡の標柱

「伊賀武社境内横穴墓跡」と刻まれた標柱もありました。神社の参拝とあわせ、周辺の古い歴史にも目を向けたくなる手がかりです。墓の内部や築造年代は、この写真だけでは分かりません。

横穴墓跡を示す標柱。写真だけでは墓の内部や年代は分かりません。

境内社・八重垣神社

鳥居の先に、伊賀武神社とは別の社殿が見えます。

伊賀武神社とあわせて参拝したいのが、境内の八重垣神社です。松江市佐草町の八重垣神社とは別の、奥出雲町佐白の神社です。

伊賀武神社の境内社として祀られる八重垣神社。

注連縄の下に「八重垣神社」の扁額が掲げられています。

由緒板によれば、八頭から真谷にかけての守護神として鎮座し、もとは櫛名田比売を主祭神としていました。元禄時代に須佐之男神・足摩稚・手摩稚を合祀したと伝えています。

八頭からの移築や、稲田姫ゆかりの信仰について伝える説明板です。

社殿は寛文元年(1661)に日御碕神社の宮大工が建造したと伝えられ、明治40年11月に現在地へ移築したと説明されています。これは現地由緒板の伝える社歴として紹介するものです。

昭和8年の「当選證」

掲示された「当選證」には、松陽新報社と昭和8年の日付が見えます。由緒板にも、同年に「仁多郡ナンバーワンの神社」に認定されたと記されていました。当時の地域の関心を伝える記録であり、現在の順位を示すものではありません。

昭和8年の選定を伝える掲示。境内に残る近代の記録です。

境内で見かけた説明板と関連記事

境内には、周辺の鏡ヶ池と長者屋敷跡を紹介する説明板も掲げられていました。ここでは境内で見かけた案内として取り上げ、詳しい現地の様子はそれぞれの関連記事へつなぎます。

泉谷 鏡ヶ池

「泉谷 鏡ヶ池」の説明板には、櫛名田比売が池を鏡に見立てて姿を映したことや、大蛇退治の酒にまつわる話が記されています。いずれも、土地に伝わる物語として味わいたい内容です。

稲田姫が姿を映したという伝承などを紹介しています。

▶ ちょっと寄り道...ヤマタノオロチ伝説を巡る旅 『鏡ヶ池』|クシナダヒメの身支度の池|奥出雲町佐白

長者屋敷跡

もう一枚は「長者屋敷跡」の説明板。稲田姫の両親にあたる足摩稚・手摩稚が住んだと伝わる場所について紹介しています。屋敷跡そのものの写真ではなく、伝承を伝える境内の説明板です。

足摩稚・手摩稚にまつわる屋敷跡の伝承を紹介しています。

▶ ちょっと寄り道...ヤマタノオロチ伝説を巡る旅 『長者屋敷跡』

八重垣神社が移ってきた八頭の旧社地と、その周辺に残る伝承地。境内を参拝してから関連記事をたどると、佐白の神話の風景をより広く眺められます。

地形・立地と参拝時の注意

県道25号線から山裾へ入り、石段を上って社殿へ向かう立地です。参道には段差が続くため、歩きやすい靴での参拝がおすすめです。雨や雪のあとは足元にもご注意ください。

駐車について:県道25号線から神社に向かって右側に広い場所があります。ただし、神社専用の駐車場かどうか、参拝者が利用できる場所かは確認できていません。駐車する前に現地の表示や管理者の案内をご確認ください。

参拝の帰り道、木々の間から鳥居を見返します。

まとめ

伊賀武神社では、五十猛命・武御名方神を祀る本社と、稲田姫ゆかりの八重垣神社をあわせて参拝できます。西尾社の碑や横穴墓跡の標柱にも、境内に重なる歴史の手がかりが残されています。

石段を上って社殿へ向かい、境内の由緒板や石碑に足を止める。奥出雲町佐白で、伊賀武神社と八重垣神社をゆっくり参拝してみてはいかがでしょうか。

※記事内容には正確を期していますが、掲載情報に誤りや変更点がありましたら、お手数ですが 問い合わせフォーム からお知らせください。内容を確認のうえ、必要に応じて訂正いたします。

伊賀武神社の地図と基本情報

  • 神社名:伊賀武神社(いがたけじんじゃ)
  • 所在地:島根県仁多郡奥出雲町佐白116番地
  • 主祭神:五十猛命・武御名方神
  • 電話番号:公式情報をご確認ください
  • 公式サイト:公式情報をご確認ください
  • 御朱印:授与状況は現地または公式情報をご確認ください
  • 駐車場:県道25号線から神社に向かって右側に広い場所あり。神社専用か、利用可能かは未確認のため、現地案内をご確認ください

所在地・主祭神の確認:島根県神社庁「伊賀武神社」。社歴・境内社の説明は現地由緒板、伝承は各説明板をもとにしています。

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