飯石郡　郷里驛家

飯石郡(いひしのこほり)

合はせて郷(さと)七。里(こざと)一十九。

　熊谷(くまたに)郷(のさと)　今も前(さき)に依りて用ゐる。

　三屋(みとや)郷　本(もと)の字は三(み)刀(と)矢(や)。

　飯石(いひし)郷　本(もと)の字は伊(い)鼻(び)志(し)。

　多禰(たね)郷　本(もと)の字は種(たね)。

　須佐(すさ)郷　今も前に依りて用ゐる。

　　以上五、郷別(さとごと)に里(こざと)三。

　波(は)多(た)郷　今も前に依りて用ゐる。

　來(き)嶋(じま)郷　本(もと)の字は支自眞(きじま)

　　　以上二、郷別(さとごと)に里二。

飯石(いひし)と號(なづ)くる所以(ゆゑ)は、飯石郷の中(うち)に伊(い)毗(び)志(し)都(つ)弊(べ)命(のみこと)坐(ま)せり。故(かれ)、飯石と云ふ。

熊谷(くまたに)郷(のさと)

。郡家(ぐうけ)の東北二十六里なり。古老の傳へに云へらく、久志伊奈太美等與麻奴良比賣(くしいなだみとよまぬらひめ)命(のみこと)、任身(はら)みまして產(みこう)まむとしたまひし時、生(う)みまさむ處を求(ま)ぎたまひき。爾(そ)の時、此の處に來到(いた)りまして詔(の)りたひしく、「甚(いた)く久(く)麻(ま)久(く)麻(ま)志(し)枳(き)（隈々(くまくま)しき）谷なり」とのりたまひき。故(かれ)、熊谷(くまたに)と云ふ。

三屋(みとや)郷(のさと)。郡家の東北二十四里なり。所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)の御門(みと)、卽ち此の處にあり。故(かれ)、三(み)刀(と)矢(や)と云ふ。神龜三年に、字を三屋と改む。卽ち正倉あり。

飯石(いひし)郷(のさと)。郡家の正東(まひがし)一十二里なり。伊(い)毗(び)志(し)都(つ)弊(べ)命(のみこと)、天降(あも)り坐(ま)しし處なり。故(かれ)、伊(い)鼻(び)志(し)と云ふ。神龜三年に、字を飯石と改む。

多禰(たね)郷(のさと)。郡家に屬(つ)けり。所造天下大神大穴持命(あめのしたつくらししおほかみおほなもちのみこと)、須久奈比(すくなひ)古(こ)命(のみこと)と、天下(あめのした)を巡行(めぐ)りたまひし時、稻種(いなだね)、此の處に墮(お)としたまひき。故(かれ)、種(たね)と云ふ。神龜三年に、字を多禰と改む。

須佐(すさ)郷(のさと)。郡家の正西(まにし)一十九里なり。神(かむ)須佐能袁(すさのを)命(のみこと)の詔(の)りたまひしく、「此の國は小(ちさ)き國なれども國處(くにどころ)なり。故(かれ)、我(あ)が御名(むな)は、木石(いはき)に著(つ)けじ」と詔(の)りたまひて、卽(やが)て己命(おのがみこと)の御魂(みたま)を鎭(しづ)め置き給ひき。然して、卽て大須佐田(おほすさだ)、小(を)須佐田を定め給ひき。故(かれ)、須佐と云ふ。卽ち正倉あり。

波多(はた)郷(のさと)。郡家(ぐうけ)の西南一十九里なり。波(は)多(た)都(つ)美(み)命(のみこと)の天降(あも)り坐(ま)しし處(ところ)なり。故(かれ)、波多と云ふ。

來嶋(きじま)郷(のさと)。郡家の正南(まみなみ)四十一里なり。伎(き)自麻(じま)都(つ)美(み)命(のみこと)坐(ま)せり。故(かれ)、支自眞(きじま)と云ふ。神龜三年に、字を來嶋と改む。卽ち正倉あり。