【出雲国風土記】斐伊神社(樋社)|二つの「樋社」と八本杉のつながり|大原郡・雲南市木次町

2026年10月25日日曜日

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斐伊神社(樋社)|二つの「樋社」と境内をたどる|大原郡・雲南市木次町

雲南市木次町里方の斐伊神社(ひいじんじゃ)は、『出雲国風土記』大原郡に記された「樋社(ひのやしろ)」に比定される古社です。入口の鳥居から石段を上ると、木立に囲まれた社殿が現れます。

境内には、姿の異なる二組の狛犬や、狐像が並ぶ小祠、稲荷神社・廿原神社の名を掲げる社殿などがあります。2024年11月24日の参拝写真と現地案内板をもとに、風土記に並ぶ二つの樋社と、現在の境内をたどります。

2024年11月24日に参拝した斐伊神社の拝殿。
斐伊神社の拝殿正面
目次

斐伊神社の概要と『出雲国風土記』の二つの「樋社」

斐伊神社の所在地は、島根県雲南市木次町里方463。『出雲国風土記』では大原郡にあたる地域です。同書の神社条には、同じ名前の社が続けて記されています。

樋社 樋社

これは『出雲国風土記』大原郡神社条の社名部分の抜粋です。『出雲国風土記』本文掲載資料では、この二社を含む十三所を神祇官に属する社として記しています。國學院大學の神社データベース「斐伊神社」でも、二つの樋社と現在の斐伊神社との関係が説明されています。

現地解説板によれば、その一つが現在の斐伊神社に比定され、もう一つは同社に合祀されている斐伊波夜比古神社(ひはやひこじんじゃ)にあたるとされています。後者は、もとは近くの八本杉付近に鎮座したと考えられています。

風土記に同名社が二つ記されることと、それぞれを現在の神社や旧社地に結び付ける比定とは、分けて受け止めたいところです。合祀の時期も資料によって説明に違いがあるため、ここでは特定の年代に確定しません。

案内板は『木次町の史跡と文化財』(木次町教育委員会)を出典としている。
二つの樋社と斐伊神社の関係を説明する案内板

▶ 大原郡の寺院・神社一覧で、二つの樋社の記載を見る

御祭神と由緒板に伝わる社伝

境内の木製由緒板「斐伊神社概記」には、主な祭神として須佐之男尊・稲田毘売命・伊都之尾羽張命が記されています。現地の別の解説板では「素戔嗚尊」「稲田姫命」などの表記が用いられており、神名の文字には資料による違いがあります。

須佐之男尊と稲田姫は、ヤマタノオロチ退治の神話でもよく知られる神々です。また、現地解説板は、合殿された斐伊波夜比古神社の祭神を、樋速比古命のほか二神と説明しています。

木製の由緒板には、大宮氷川神社へ分霊を奉遷したとする伝承も記されています。これは斐伊神社に伝わる由緒として紹介し、その年代や分霊の経緯が史実として確定しているとは扱いません。

江戸時代には、所在地の小字にちなみ「宮崎(埼)大明神」と呼ばれたことが、現地解説板に記されています。古い社名や地域とのつながりを、案内板から読み取ることができます。

祭神・由緒・境内神社・祭礼などが記されている。
斐伊神社概記の木製由緒板

拝殿と本殿を眺める

拝殿は大きな屋根を持つ社殿です。正面には社名を記した扁額が掲げられています。少し高い位置から境内を見渡すと、拝殿の屋根と周囲の社殿の位置関係がよく分かります。

金色の文字で社名が記された扁額。
斐伊神社の扁額
屋根と境内の広がりが分かる拝殿の別角度。
高い位置から見下ろした斐伊神社の拝殿

本殿は、屋根に千木を載せた姿を側面から見ることができます。正面だけで参拝を終えず、立ち入りが認められた場所から周囲を歩いてみると、社殿のつくりにも目が向きます。

千木を載せた本殿を側面から眺める。
斐伊神社の本殿側面
本殿と周囲の社殿の位置関係が分かる角度。
斐伊神社本殿と隣接する社殿

鳥居・石段と、姿の異なる二組の狛犬

入口には石鳥居と社号碑があり、その先へ石段が続きます。鳥居の脇には屋根のある手水舎も設けられています。

石柱と鳥居の間から、上へ延びる参道を見上げる。
斐伊神社入口の鳥居と石段
自然石に社名が刻まれた、入口の見どころ。
鳥居脇の斐伊神社の社号碑
参道入口付近に設けられた手水舎。
屋根のある手水舎
社号標のそばに置かれた石鉢。
社号碑のそばの石鉢

入口付近の狛犬

石段のそばでは、一対の狛犬が参拝者を迎えます。顔つきや体の姿勢を見比べながら、境内へ進みます。

入口で参拝者を迎える狛犬。
入口の石段脇に立つ狛犬の一体
入口付近に立つ、もう一体の狛犬。
入口の石段脇に立つもう一体の狛犬

上側の鳥居と狛犬

石段を上る道筋には、さらに石鳥居と別の一対の狛犬が見られます。入口の狛犬とは異なる造形で、上へ大きく伸びる部分も印象的です。

石鳥居をくぐると、その先にも石段が続く。
石段の途中に立つ石鳥居
頭上へ大きく伸びる意匠が印象的な狛犬。
上側の参道付近に立つ狛犬の一体
上側の参道で対をなす、もう一体の狛犬。
上側の参道付近に立つもう一体の狛犬

境内の脇にも、樹木と石垣に沿う細い石段があります。写真を見比べると、境内に高低差があることが伝わります。

樹木と石垣に沿って続く境内の石段。
境内脇の細い石段

境内社と、狐像の並ぶ小祠

「稲荷神社」「廿原神社」の扁額を掲げる社殿

本殿のそばの社殿には、「稲荷神社」「廿原神社」と記された扁額が掲げられています。社殿全体と扁額を近くで見た写真を並べると、その社名を確かめることができます。

本殿のそばに鎮座し、「稲荷神社」「廿原神社」の扁額を掲げる社殿。
稲荷神社・廿原神社の扁額を掲げる社殿
扁額には「稲荷神社」「廿原神社」の二つの社名が記されています。
稲荷神社と廿原神社の社名が記された扁額

赤い鳥居の稲荷社と狛狐

赤い鳥居を備えた稲荷社の周囲には、石造りの狛狐が並んでいます。体の大きさや表情、表面の風合いにも違いがあり、一体ずつ眺めたくなる場所です。

赤い鳥居を備えた稲荷社と、その周囲に並ぶ狛狐。
赤い鳥居の稲荷社と狛狐
竹林を背に並ぶ、稲荷社の狛狐。
稲荷社脇に並ぶ狛狐
大きさや表情の違う二体を近くから見る。
稲荷社の右側に並ぶ二体の狛狐

竹林のそばの覆屋と石柱

竹林のそばには、赤い柱の覆屋に納められた社もあります。正面から見ると、注連縄や扉の様子が分かります。近くには石柱も立っていますが、社名や碑名は確認できていません。

竹林のそばに建つ覆屋。社名は未確認。
赤い柱の覆屋に納められた社
覆屋に納められた社を正面から。注連縄や扉の様子が分かります。
覆屋内の社を正面から見た様子
竹林のそばに立つ社日碑。
竹林を背に立つ社日碑

境内には赤い瓦屋根の木造建物も見られます。由緒板には複数の境内神社が挙げられていますが、建物ごとの対応を確認できないものは、外観の紹介にとどめています。

赤い瓦屋根の木造建物。社名や用途を示す表示は、この写真からは確認できません。
赤い瓦屋根の木造建物

木立に囲まれた境内と、八本杉とのつながり

斐伊神社は、鳥居から石段を上って入る境内に鎮座しています。社殿の周囲には樹木や竹林が見られ、石段の下から見上げた景色と、高い位置から見下ろした景色では印象が変わります。

近くの八本杉は、斐伊神社とあわせて知っておきたい場所です。雲南市の解説では、斐伊神社の飛地境内とされ、ヤマタノオロチの頭を埋めたという伝承が紹介されています。

また、現地解説板は八本杉付近を斐伊波夜比古神社の旧社地とする説を伝えています。オロチ伝説と風土記掲載社の比定は、それぞれの根拠を分けながらたどることで、地域の歴史をより丁寧に見ていくことができます。

▶ 八本杉の記事で、オロチ伝説と旧社地説を読む

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▶ 出雲国風土記を初めて読む人におすすめの本7選

まとめ|二つの「樋社」を伝える斐伊神社

斐伊神社は、『出雲国風土記』大原郡に並ぶ二つの樋社と、後世の合祀の歴史を考える手掛かりになる神社です。拝殿と本殿、二組の狛犬、狐像の並ぶ小祠など、境内には立ち止まって見たいものが残されています。

現地の案内板を読み、八本杉とのつながりにも目を向けながら、木次の信仰の風景をたどってみてください。境内写真・現地案内の記録は、2024年11月24日の参拝時のものです。

※記事内容には正確を期していますが、掲載情報に誤りや変更点がありましたら、お手数ですが 問い合わせフォーム からお知らせください。内容を確認のうえ、必要に応じて訂正いたします。

斐伊神社の地図と基本情報

  • 神社名:斐伊神社(ひいじんじゃ)
  • 所在地:島根県雲南市木次町里方463
  • 風土記の掲載郡:大原郡
  • 風土記の社名:樋社
  • 主な祭神:須佐之男尊・稲田毘売命・伊都之尾羽張命(現地由緒板の表記)
  • 電話番号:公式情報をご確認ください
  • 公式サイト:公式情報をご確認ください
  • 御朱印:授与状況は現地または公式情報をご確認ください
  • 駐車場:現地案内をご確認ください
  • 参拝日:2024年11月24日

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