【出雲国風土記】神原神社(神原社)|景初三年銘鏡が出土した神原神社古墳と由緒を訪ねる|大原郡・雲南市加茂町

2026年9月17日木曜日

雲南市 加茂町 出雲国風土記 神原神社 神社巡り 大原郡 大国主命

【出雲国風土記】神原神社(神原社)|景初三年銘鏡が出土した神原神社古墳と由緒を訪ねる|大原郡・雲南市加茂町

島根県雲南市加茂町神原に鎮座する神原神社(かんばらじんじゃ)

『出雲国風土記』大原郡の神社一覧に記された「神原社」に比定される古社で、現在は大国主命・磐筒男命・磐筒女命を祀ります。

かつて本殿が建っていた場所は古墳であり、昭和47年(1972)の発掘調査では「景初三年」の銘をもつ三角縁神獣鏡が出土しました。風土記の社、神原郷の地名伝承、古墳時代の遺構が一つの場所に重なる神原神社を、現地写真とともに紹介します。

神原神社の拝殿。落ち着いた木造社殿が広い境内の正面に建ちます。
神原神社の拝殿と注連縄を掛けた正面入口
目次(クリックで開閉)

神原神社と『出雲国風土記』

神原神社を訪ねるうえで、最初に確認したいのが『出雲国風土記』大原郡条との関係です。

大原郡の神祇官に登録された神社を列記する箇所には、次の社名が記されています。

「神原社」

現在の神原神社は、この「神原社」に比定されるとされます。さらに平安時代の『延喜式神名帳』にも「神原神社」の名が見え、風土記所載社から式内社へと続く古い由緒を伝えています。

神の宝を積み置いた「神原郷」

神原という地名についても、『出雲国風土記』は興味深い由来を記しています。

大原郡の神原郷は、所造天下大神、すなわち国造りを行った大国主命が「神御財」を積み置いた場所であるため、本来は「神財郷」と呼ぶべきところを、当時の人々が誤って「神原郷」と呼んでいるのだと説明されています。

この地名伝承と結びつくように、神原神社は後世に「神宝大明神」とも称されたと伝えられます。風土記の神原社と神原郷の由来が、現在の社名と御祭神に重なっている点が大きな特徴です。

御祭神と由緒

神原神社の御祭神は、次の三柱です。

  • 大国主命(おおくにぬしのみこと)
  • 磐筒男命(いわつつおのみこと)
  • 磐筒女命(いわつつめのみこと)

大国主命は、『出雲国風土記』で「所造天下大神」と記される国造りの神です。神原郷の地名由来では、この地に神の宝を積み置いた神として登場します。

磐筒男命と磐筒女命は、『日本書紀』の一書において磐裂神・根裂神の御子とされ、さらに経津主神の親神として記される二柱です。剣や岩に関わる神話の系譜に位置づけられますが、神原神社でこの二柱が祀られるようになった詳しい時期は明らかではありません。

創建年代は不詳です。ただし、『出雲国風土記』と『延喜式神名帳』の双方に社名が確認できることから、古くから神原郷の鎮守として信仰されてきた神社であることが分かります。

境内と神原神社古墳

大社造の本殿

拝殿の奥に建つ神原神社の本殿。大社造の屋根と千木が印象的です。
神原神社の大社造本殿と屋根の千木

拝殿の奥には、大社造の本殿が鎮座しています。高く立ち上がる屋根と千木を備えた社殿からは、出雲地方の神社らしい建築の姿を確認できます。

現在の本殿は、神原神社古墳があった旧社地から遷座した後の社殿です。神社の歴史を知ってから眺めると、社殿そのものが地域の信仰を受け継ぐ存在であることが伝わってきます。

一の鳥居から境内へ

集落側に立つ神原神社の一の鳥居。ここから境内へ向かいます。
神原神社の一の鳥居と境内へ続く入口

一の鳥居は、神原の集落に開かれた境内入口に立っています。周囲には住宅や地域の施設があり、神原神社が現在も集落の身近な鎮守として守られていることを感じさせます。

二の鳥居。正面には随神門が見え、参道の軸線が社殿へ続きます。
神原神社の二の鳥居と正面に見える随神門

二の鳥居の先には随神門が建ちます。鳥居、随神門、拝殿がほぼ一直線に配置され、境内の奥行きを分かりやすく感じられる参道です。

随神門

神原神社の随神門。門をくぐると拝殿前の境内に入ります。
神原神社の木造随神門と奥に見える拝殿

随神門は、境内正面を守るように建っています。門の中央からは拝殿を望むことができ、参道から社殿へ向かう空間を静かに区切っています。

広く開かれた境内

神原神社の境内。白砂の広場を囲むように社殿や石灯籠が配置されています。
神原神社の白砂を敷いた境内と拝殿・石灯籠

随神門を抜けると、白砂を敷いた広い境内が開けます。中央に拝殿が建ち、周囲には石灯籠や複数の境内社が祀られています。

旧本殿の下から見つかった神原神社古墳

境内で保存される神原神社古墳。遺構を保護する上屋が設けられています。
神原神社境内で保存される神原神社古墳の保護施設

神原神社で特に注目したいのが、旧本殿の下に築かれていた神原神社古墳です。

古墳は赤川沿いの微高地に築かれた一辺約30メートルの方墳で、墳頂部には板状の割石を積んだ竪穴式石室が設けられていました。内部には割竹形木棺を納めた痕跡が確認されています。

昭和47年(1972)、赤川の河川改修に伴って旧社地の発掘調査が行われました。その後、神社は現在地へ遷座し、竪穴式石室は境内へ移設・保存されています。

神原神社古墳の竪穴式石室。細長く積まれた石材の構造を間近で確認できます。
神原神社古墳から移設保存された竪穴式石室内部

竪穴式石室からは、刀剣や鉄製工具などの副葬品とともに、「景初三年」の銘をもつ三角縁神獣鏡が出土しました。

景初三年は西暦239年にあたり、『魏志倭人伝』に卑弥呼が魏へ使者を送ったと記される年と重なります。ただし、この鏡と邪馬台国との直接的な関係については研究上さまざまな見解があるため、断定はできません。

神原神社古墳の出土品は「出雲神原神社古墳出土品」として国の重要文化財に指定されています。古墳の上に神社の本殿が建っていたことも含め、古代から後世の信仰へと土地の記憶が重なってきた場所です。

御仮殿

境内の高まりに設けられた神原神社の御仮殿。
神原神社境内の石段上に建つ御仮殿

境内の一角には、石段の上に御仮殿が設けられています。屋根に覆われた開放的な建物で、神事や祭礼に関わる境内施設として大切に守られています。

境内社

神原神社の稲荷社。石灯籠に挟まれた小社です。
神原神社境内の稲荷社と左右の石灯籠

境内には稲荷社が祀られています。左右の石灯籠と注連縄を備えた小社から、地域の生業や五穀豊穣を願う信仰が重ねられてきたことがうかがえます。

神原神社境内の日御碕社。木々に囲まれた一角に鎮座します。
神原神社境内に鎮座する日御碕社の木造社殿

日御碕社も境内の木立の近くに祀られています。本社だけでなく、出雲各地の信仰につながる小社が同じ境内に集められていることが分かります。

神原神社境内の八幡宮。左右には八幡の神紋を刻んだ石灯籠が立ちます。
神原神社境内の八幡宮と神紋を刻んだ石灯籠

八幡宮は、注連縄を掛けた社殿と一対の石灯籠を備えています。地域を守る神への信仰が、本社の祭祀とともに受け継がれてきたことを伝えます。

神原神社境内の天満宮・武内神社。二社の名を掲げた社殿です。
神原神社境内の天満宮・武内神社の木造社殿

天満宮・武内神社は、一棟の社殿に二社の名が掲げられています。学問の神への信仰や武内宿禰に関わる信仰が、神原の地域社会に取り入れられてきたことを示す境内社です。

境内の樹木のそばに祀られる石祠。注連縄を掛けて丁寧に守られています。
神原神社境内の樹木のそばに祀られた注連縄付きの石祠

境内の樹木のそばには、小さな石祠も祀られています。祭神や詳しい由来は現地で確認できませんでしたが、注連縄が掛けられ、現在も信仰の対象として大切にされています。

地形・立地と神社基本情報

神原神社は、斐伊川の支流である赤川に近い雲南市加茂町神原に鎮座しています。周辺は川によって形成された平地と微高地が入り交じる場所で、『出雲国風土記』の神原郷にあたる地域です。

神原神社古墳が赤川沿いのわずかに高い場所に築かれていたことから、周囲の低地を見渡し、水害の影響を受けにくい場所が選ばれたと考えられます。後世にその墳丘上へ神社が鎮座した背景にも、地域の中で古くから特別視された土地であったことが関係しているのかもしれません。

神原神社 基本情報

神社名 神原神社(かんばらじんじゃ)
風土記での社名 神原社
所在地 〒699-1121 島根県雲南市加茂町神原1436
御祭神 大国主命・磐筒男命・磐筒女命
例祭日 11月3日
電話番号 0854-49-7413(島根県神社庁掲載の連絡先)
公式サイト 島根県神社庁の神社検索をご確認ください
御朱印 拝殿横の窓を開け、用意されている御朱印を各自でいただく形式です。初穂料などは現地の案内をご確認ください
駐車場 現地案内をご確認ください
最寄り駅 JR木次線・加茂中駅から徒歩約20分

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まとめ

雲南市加茂町神原の神原神社は、『出雲国風土記』大原郡に記された「神原社」に比定される古社です。

風土記には、大国主命が神の宝を積み置いた場所であることから、神原郷の名が生まれたとする伝承も残されています。現在の神原神社が大国主命を祀ることは、この地名由来を伝えるうえでも重要です。

境内では拝殿・大社造の本殿・随神門に加え、稲荷社、日御碕社、八幡宮、天満宮・武内神社などを確認できます。

さらに、旧本殿の下から見つかった神原神社古墳と「景初三年」銘の三角縁神獣鏡は、この場所が古墳時代から地域の重要な土地であったことを物語ります。風土記掲載神社と古墳時代の遺構を同じ境内でたどることができる、雲南市を代表する歴史的な神社の一つです。

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アクセス・地図

神原神社は、JR木次線・加茂中駅から徒歩約20分です。神原神社古墳は神社境内に保存されています。

初掲載:2026年9月17日
最終更新:2026年9月17日

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