【出雲国風土記】須美禰神社(汗乃遅社)|汗乃遅社の論社とされる古社|大原郡・雲南市加茂町

2026年9月11日金曜日

雲南市 加茂町 出雲国風土記 神社巡り 須我禰命 須美禰神社 大原郡

【出雲国風土記】須美禰神社|汗乃遅社との関係と須我禰命を祀る古社|大原郡・雲南市加茂町

島根県雲南市加茂町立原の山際に鎮座する須美禰神社(すみねじんじゃ)

現在の須美禰神社は、平安時代の『延喜式神名帳』にみえる「同社坐須美禰神社」につながる古社とされ、現在の宇能遅神社とも古くから深い関係を伝えています。

さらに『出雲国風土記』大原郡に記された「汗乃遅社」の比定をめぐって須美禰神社との関係が説かれてきました。ただし、『出雲国風土記』そのものに「須美禰神社」という現在の社名が記されているわけではありません。

須我禰命・猿田彦命・天鈿女命を祀る境内を、現地で撮影した写真とともに訪ねます。

須美禰神社の拝殿正面と大注連縄
須美禰神社の拝殿。木々に囲まれた静かな境内に建ちます。
目次(クリックで開閉)

須美禰神社と『出雲国風土記』

須美禰神社を訪ねるうえで、まず確認しておきたいのが『出雲国風土記』との関係です。

天平5年(733)にまとめられた『出雲国風土記』大原郡の神社記載には、次の社名が見えます。

「汗乃遅社」

現在の須美禰神社は、この汗乃遅社(うのぢのやしろ)に関係する神社として考証されてきた一社です。

一方、同じ雲南市加茂町宇治には現在の宇能遅神社があり、『出雲国風土記』に記された「宇乃遅社」との関係を伝えています。

須美禰神社について島根県神社庁は、勧請年代は不詳としながら、式内社・汗乃遅社の「同社に坐す須美禰神社」として、古くから現在の宇能遅神社と深い関係があったと伝えています。

ここで注意したいのは、風土記本文に「須美禰神社」という名が直接記されているわけではないことです。そのため本記事では、『出雲国風土記』の汗乃遅社との関係を伝える古社として紹介します。

平安時代の『延喜式神名帳』では、宇能遅神社との関係を示す「同社坐須美禰神社」の名がみえます。風土記の社名から後世の式内社、そして現在の須美禰神社へと続く関係をたどることが、この神社の大きな見どころです。

同じ大原郡の宇能遅神社については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

▶ 【出雲国風土記】宇能遅神社(宇乃遅社)|大原郡・雲南市加茂町

御祭神と由緒

須美禰神社の御祭神は、次の三柱です。

  • 須我禰命(すがねのみこと)
  • 猿田彦命(さるたひこのみこと)
  • 天鈿女命(あめのうずめのみこと)

なかでも須我禰命は、『出雲国風土記』大原郡の海潮郷の地名由来にも登場する神です。

海潮郷の伝承では、宇能治比古命とその御祖である須我禰命との物語が記されています。須美禰神社が須我禰命を祀ることは、宇能遅神社との関係を考えるうえでも注目される点です。

須美禰神社の創建年代は明らかではありません。島根県神社庁の由緒では、宇能遅神社と古くから深い関係を有する神社であったことが伝えられています。

現在まで伝わる柴草神事

須美禰神社には、地域の信仰を今に伝える柴草神事があります。

島根県神社庁によると、現在の祈年祭にあたるものと考えられ、記録上、恒例神事として行われるようになったのは寛延2年(1749)です。

当時この地方を不作が襲った際、神社裏山の山草を肥料として用いたところ、その後不作を防ぐことができたという伝承を背景に、氏子によって神事が受け継がれてきたとされています。

小鍬を手に社殿の周囲を巡り、豊作を願う神事歌を歌い、集めた柴を掛け合うという特徴的な行事で、須美禰神社と地域の農耕信仰との結びつきを今に伝えています。

境内と現地の様子

本殿

須美禰神社の本殿と周囲の杉林
拝殿の奥に鎮座する須美禰神社の本殿。背後には杉林が広がります。

拝殿の奥には本殿が建ち、その背後まで杉を中心とした木々が続いています。集落に近い場所でありながら、社殿周辺に入ると山の鎮守らしい落ち着いた空気へと変わります。

鳥居

須美禰神社の石造鳥居と石段の参道
石造鳥居の先から、社殿へ向かう長い石段が始まります。

鳥居は山裾に立ち、その正面から一直線に石段が延びています。道路沿いの入口から社殿まで高低差があり、境内が斜面上に設けられていることがよく分かります。

参道

須美禰神社入口から鳥居へ続く参道
道路側から眺めた参道。鳥居と石段、その先の社殿へと続きます。
須美禰神社の杉木立に囲まれた長い参道階段
鳥居から拝殿へ続く石段。左右には大きな木々が立ちます。

参道の特徴は、鳥居の先からまっすぐ延びる石段です。中央には手すりが設けられ、左右を木々に挟まれながら境内へ上っていきます。

境内社

須美禰神社境内の金刀比羅宮と八幡宮の境内社
境内に祀られる金刀比羅宮・八幡宮。
須美禰神社境内の大歳神社と愛宕神社の境内社
境内に並ぶ大歳神社・愛宕神社。

境内には本社だけでなく、金刀比羅宮・八幡宮、大歳神社・愛宕神社などの小社も祀られています。地域の中でさまざまな信仰が重ねられてきたことを伝える境内風景です。

地形・立地とアクセス

須美禰神社は、雲南市加茂町立原の集落から山へ移り変わる斜面に鎮座しています。

須美禰神社へ向かう道路と入口付近の景観
須美禰神社へ向かう入口付近。ここから山側へ入ります。

道路から境内へ入ると鳥居が現れ、その先の石段を上った高台に社殿があります。背後には森林が続き、集落と山との境に神社が鎮座していることが現地ではよく分かります。

須美禰神社横の参拝時に利用できるスペース
神社横で撮影したスペース。駐車の可否や利用方法は現地の案内を確認してください。

現地には神社脇に車を停められそうなスペースが見られましたが、参拝者用駐車場としての正式な案内までは確認できませんでした。利用時は通行や地域の方の迷惑にならないよう、現地表示をご確認ください。

須美禰神社 基本情報

神社名 須美禰神社(すみねじんじゃ)
所在地 〒699-1102 島根県雲南市加茂町立原115
御祭神 須我禰命・猿田彦命・天鈿女命
例祭 10月20日
電話番号 0854-49-6703
公式サイト 島根県神社庁 須美禰神社
御朱印 授与状況は現地または公式情報をご確認ください
駐車場 現地案内をご確認ください

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まとめ

雲南市加茂町立原の須美禰神社は、須我禰命・猿田彦命・天鈿女命を祀り、宇能遅神社との古い関係を今に伝える神社です。

『出雲国風土記』には現在の「須美禰神社」という社名は直接現れませんが、大原郡に記された汗乃遅社との関係が考証され、後の『延喜式神名帳』には同社坐須美禰神社としてその名につながる記載が確認されます。

また、寛延2年(1749)以来伝承される柴草神事は、地域の五穀豊穣への願いと氏子による信仰の継承を伝える大切な行事です。

山裾の鳥居から長い石段を上り、杉木立のなかに建つ拝殿・本殿を訪ねると、古い祭祀と地域の暮らしが重なってきた須美禰神社の姿を感じることができます。

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