ちょっと寄り道...熊野大社 上の宮跡|御笠山に残る六社の跡と「明見水」を歩く|松江市八雲町
松江市八雲町の熊野大社を参拝したあと、もう少しだけ意宇川の上流へ。
熊野大社から約500m、御笠山の麓に「上の宮跡」と呼ばれる静かな旧社地が残っています。
ここにはかつて、伊邪那美神社・事解男神社・速玉神社・五所神社・八所神社・久米神社などがあり、現在は社殿に代わって、それぞれの旧社地を示す石標が森の中に立っています。
『出雲国風土記』そのものに現在の「上の宮」が記されているわけではありません。しかし、『風土記』が記す熊野山と熊野大神の信仰から、後世の熊野大社が歩んだ歴史をたどるうえで、とても興味深い場所です。
今回は「ちょっと寄り道シリーズ」として、上の宮跡をゆっくり歩いてみます。
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| 御笠山の麓に残る熊野大社「上の宮跡」。社殿はなく、森の中に旧社地を示す石標が並びます。 |
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熊野大社「上の宮跡」とは|上の宮・下の宮の二社祭祀
現地の案内板によると、熊野大社は古代には意宇川の源流に位置する熊野山、現在の天狗山にあったとされます。
その後、中世になると山から里へ下り、近世末まで「上の宮」と「下の宮」という二社祭祀の形をとっていました。
現在の熊野大社が「下の宮」にあたり、その上流、御笠山の麓に残るのが今回訪れた上の宮跡です。
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| 上の宮・下の宮の歴史や旧社地、明見水について記された現地案内板。 |
上の宮にあった各神社の具体的な創建年代は明らかではありませんが、案内板では、多くが中世に紀伊国の熊野信仰が全国へ広がる中で造営されたと伝えられていることが紹介されています。
明治期になると神社制度の改正を契機として、当地の神々は熊野大社へ奉遷・合祀されました。現在の上の宮跡には社殿は残っていませんが、かつての鎮座場所を示す石標が静かに並んでいます。
『出雲国風土記』に記された熊野山
『出雲国風土記』意宇郡条には、熊野山について次のように記されています。
「熊野山。郡家の正南一十八里なり。〈檜・檀あり。所謂る熊野大神の社坐す。〉」
現在の天狗山に比定される熊野山には、すでに奈良時代の『出雲国風土記』が編纂された頃、熊野大神の社が鎮座すると認識されていました。
そのため上の宮跡は、「風土記掲載社そのものの旧社地」と単純に断定するのではなく、風土記に記された熊野山信仰から、後世の熊野大社へ続く歴史をたどる場所として見るのが分かりやすいでしょう。
上の宮にあった六つの神社|石標が伝える旧社地
現地案内板には、上の宮に次の神社があったことが記されています。
- 伊邪那美神社
- 事解男神社
- 速玉神社
- 五所神社
- 八所神社
- 久米神社
現在は建物こそありませんが、それぞれの場所に社名を刻んだ石標が立っています。何もないように見える森の斜面で、石標を一つずつ探しながら歩くと、この場所に複数の社が並んでいた時代を少しだけ想像できます。
伊邪那美神社跡
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| 「伊邪那美神社跡」と刻まれた石標。上の宮を構成した社の一つです。 |
事解男神社跡
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| かつて事解男神社があった場所を示す石標。 |
速玉神社跡
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| 「速玉神社跡」の石標。熊野信仰とのつながりを感じさせる社名が残ります。 |
五所神社跡
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| 森の斜面に残る五所神社跡の石標。 |
八所神社跡
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| 「八所神社跡」と刻まれた石標。周囲には岩と木々が迫ります。 |
久米神社跡
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| 久米神社があった場所を伝える石標。『出雲国風土記』意宇郡の社名一覧には「久米社」の名も見えます。 |
上の宮跡を歩く|社殿のない旧社地だから見えるもの
上の宮跡は、現在の熊野大社のように鳥居や大きな拝殿が並ぶ場所ではありません。
草地から石段を上がり、森の斜面へ入っていくと、各社跡の石標や岩場、大きな木々が点在しています。
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| 上の宮跡にそびえる大木。御神木かどうかは確認できないため、本記事では旧社地の景観として紹介します。 |
現地を歩いて印象的なのは、社殿そのものよりも岩と樹木、斜面が一体になった山の地形です。
各石標の位置関係を追っていくと、平らな境内に社が横一列に並んでいたのではなく、御笠山の地形に沿うように複数の祭祀場所が置かれていたことを思わせます。
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| 上の宮跡周辺で見られる歳徳神の小社。旧社地を訪ねる途中にも地域の信仰を感じる景観が残ります。 |
巨岩から滴る「明見水」|上の宮跡に残る御神水の伝承
さらに印象的だったのが、登山道の途中にある巨岩です。
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| 御笠山の斜面に張り出した巨岩。現地案内板では、この岩から滴る水を「明見水」と紹介しています。 |
現地案内板では、この巨岩から滴る水を「明見水」と記しています。
案内板には、洗眼すると眼病によい、また産婦がこの水を服すると母乳が満ち足りると伝えられてきた御神水であることが紹介されています。
もちろん、これは当地に伝わる信仰・伝承としての紹介です。医学的な効能を示すものではありません。
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| 岩から滴る水を受ける石の鉢。長くこの場所で水への信仰が続いてきたことを感じさせます。 |
なお、写真整理時には「妙見水」と記録していましたが、現地案内板の表記は「明見水」でしたので、本記事では現地表記に合わせています。
御笠山と熊野山遥拝|山そのものを意識する旧社地
上の宮跡の背後にある山は御笠山と呼ばれています。
現地案内板によれば、その頂上付近からは、熊野大社の元宮があったとされる熊野山(現在の天狗山)を望むことができ、元宮を拝する遥拝所が設けられています。
古代の熊野山、中世以降の上の宮、そして現在の熊野大社。
上の宮跡を訪れると、熊野大社の歴史が一つの境内だけで完結するものではなく、意宇川上流の山々と里を結びながら受け継がれてきたことが見えてきます。
熊野大社の社殿だけを参拝して帰ると見落としてしまう場所ですが、『出雲国風土記』の「熊野山」という一文を思い浮かべながら歩くと、なかなか面白い寄り道です。
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まとめ|熊野大社参拝のあとに訪れたい「上の宮跡」
熊野大社の上の宮跡には、豪華な社殿も大きな鳥居もありません。
残されているのは、伊邪那美神社・事解男神社・速玉神社・五所神社・八所神社・久米神社の旧社地を示す石標と、御笠山の森、岩場、そして明見水です。
しかし、『出雲国風土記』に記された熊野山から、中世以降の上の宮・下の宮の二社祭祀、そして現在の熊野大社へという流れを知ると、この静かな旧社地の見え方が少し変わります。
熊野大社を参拝した際には、時間と足元に余裕があれば、意宇川を少し上流へ。「ちょっと寄り道」だからこそ出会える熊野信仰の痕跡が残っています。
熊野大社 上の宮跡 基本情報
| 名称 | 熊野大社 上の宮跡 |
|---|---|
| 読み | くまのたいしゃ かみのみやあと |
| 所在地 | 島根県松江市八雲町熊野(熊野大社から意宇川上流へ約500m・御笠山麓) |
| 問い合わせ | 熊野大社 0852-54-0087 |
| 公式サイト | 熊野大社公式サイト |
| 御朱印 | 上の宮跡に授与所はありません。熊野大社での授与状況は公式情報をご確認ください。 |
| 駐車場 | 上の宮跡周辺については現地案内をご確認ください。熊野大社には参拝者用駐車場があります。 |
| 見どころ | 六社の社跡石標、御笠山、明見水、熊野山元宮遥拝所へ続く道 |
| 注意 | 山道・岩場があります。雨天時や落葉期は特に足元に注意してください。 |
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熊野大社 上の宮跡の地図|松江市八雲町熊野
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初掲載:2026年9月16日
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