【出雲国風土記】佐久多神社|「佐久多社」と韓國伊太弖神社を伝える古社|意宇郡・松江市宍道町

2026年9月16日水曜日

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【出雲国風土記】佐久多神社(佐久多社)|主祭神・天照大御神を祀る古社|意宇郡・松江市宍道町

島根県松江市宍道町上来待に鎮座する佐久多神社(さくたじんじゃ)

『出雲国風土記』意宇郡の神社条には、「佐久多社」という名が記されています。現在の佐久多神社は、その古社に比定される神社の一つとされています。

主祭神は天照大御神。また、由緒には五十猛神を祀る韓國伊太弖神社との関係も伝えられています。

実際に訪ねてみると、鳥居から細い参道を進み、長い石段を上った森の中に本殿が鎮座しています。一般的な拝殿は見当たらず、本殿そのものと向き合う境内の姿も印象的でした。

今回は現地で撮影した写真をたどりながら、『出雲国風土記』の佐久多社と現在の佐久多神社を紹介します。

佐久多神社の本殿正面
森を背に鎮座する佐久多神社の本殿。現地では拝殿を介さず本殿が正面に見えます。
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佐久多神社と『出雲国風土記』の佐久多社

佐久多神社は、松江市宍道町上来待551に鎮座する古社です。

『出雲国風土記』が編纂されたのは天平5年(733)。意宇郡の神社を記した部分には、神祇官に登録された社の一つとして「佐久多社」の名が見えます。

「佐久多社」

風土記本文では社名が記されるのみで、祭神や詳しい創建の由来までは伝えていません。

また、意宇郡の神社一覧には「佐久多社」の名が二度現れることから、現在地の比定については複数の説があります。現在の松江市宍道町上来待の佐久多神社は、そのうちの一社に比定されるとされます。

安来市広瀬町の嘉羅久利神社にも佐久多社の論社説があるため、本記事では「『出雲国風土記』佐久多社の論社の一つ」として紹介します。

佐久多・佐久良・佐倉という名

佐久多神社を考える際に興味深いのが、この土地に残る名称です。

由緒では、上来待の旧鎮座地について「佐久多」「佐久良」「佐倉」という名が伝えられています。

現在も佐久多神社が鎮座する一帯には「佐倉」の名が残っており、古い「佐久多」という社名とのつながりをうかがわせます。

地名だけで古代の鎮座地を断定することはできませんが、『出雲国風土記』に記された社名を現地でたどる際の興味深い手掛かりの一つです。

御祭神と佐久多神社の由緒

佐久多神社の主祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。

現在の由緒によれば、この地には古くから神社が祀られ、かつては「佐久多神社」と称していたと伝えられています。その後、日御崎神社と呼ばれる時代を経て、昭和59年(1984)に再び「佐久多神社」の社号へ改められました。

創立年代そのものは明らかではありませんが、寛永21年(1644)の棟札が伝わっており、近世以前から当地で祭祀が続けられてきたことが分かります。

韓國伊太弖神社との関係

佐久多神社の由緒をたどるうえでもう一つ注目したいのが、韓國伊太弖神社との関係です。

『延喜式神名帳』の出雲国意宇郡には「佐久多神社」とともに「同社坐韓國伊太弖神社」の名が記されます。

後世の由緒でも、五十猛神を祀る韓國伊太弖神社との関係が伝えられています。五十猛命は須佐之男命の御子神として知られ、『日本書紀』では樹木と深く関わる神として登場します。

ただし、『出雲国風土記』の「佐久多社」と現在の祭神構成をそのまま結び付けることはできません。現在に伝わる由緒として紹介しておくのがよいでしょう。

境内を歩く|鳥居・参道・本殿

佐久多神社は、道路沿いの鳥居から社殿まで少し距離があります。

鳥居をくぐり、細い参道を進み、さらに石段を上っていくという参拝の流れそのものが、現在の佐久多神社の印象的な見どころです。

道路沿いに建つ石鳥居

佐久多神社の道路沿いに建つ石鳥居
上来待の山あいに建つ佐久多神社の石鳥居。ここから奥へ参道が続きます。

周囲には山や田畑が広がり、鳥居の向こうへ細い道が延びています。

境内が道路から直接見渡せる神社とは異なり、ここから少しずつ山側へ進んでいきます。

鳥居から続く参道

佐久多神社の鳥居から境内へ続く参道
草木に囲まれた佐久多神社の参道。奥に石段と境内が見えてきます。

参道は山の斜面へ向かってまっすぐ続いています。

周囲に竹や木々が茂る静かな道を進むと、やがて石段が姿を現します。

石灯籠の脇から続く長い石段

佐久多神社の石灯籠と境内へ上る長い石段
石灯籠の脇から境内へ向かって延びる長い石段。

大きな石灯籠の横から、さらに石段を上ります。

上方には鳥居が見え、その先に本殿のある境内が続いています。道路沿いから本殿まで段階的に高くなっていることが、現地ではよく分かります。

狛犬の先に見える本殿

佐久多神社境内の狛犬と石段の先に見える本殿
狛犬の間から石段上の本殿を望む佐久多神社の境内。

石段を上った先では、左右の狛犬が参拝者を迎えます。

さらに一段高い場所に本殿が建ち、その背後には深い木立が続いています。

現地では一般的な拝殿は見当たらず、正面から本殿そのものを拝するような境内構成になっています。

佐久多神社の本殿

右側から見た佐久多神社の本殿
右側から見た佐久多神社の本殿。木造社殿の姿を間近に見ることができます。
左側から見た佐久多神社の本殿と社殿側面
左側から見た佐久多神社本殿。森に囲まれた境内に木造の社殿が静かに鎮座します。

本殿は境内の最も高い場所に建っています。

拝殿を挟まず社殿を間近に見ることができるため、正面だけでなく左右からも本殿の造りを確認できます。

華美な装飾を前面に出した社殿ではなく、周囲の木立になじむ落ち着いた姿が印象に残りました。

境内の神楽殿

佐久多神社境内に建つ木造の神楽殿
本殿とは別に境内に建つ木造の神楽殿。

境内には本殿とは別に木造の神楽殿があります。

本殿を中心とした小規模で静かな境内ですが、こうした祭祀に関わる建物が残されていることからも、地域の神社として祭りが受け継がれてきた様子がうかがえます。

石灯籠と小さな石祠

佐久多神社境内の石灯籠と小さな石祠
境内の一角に残る石灯籠と小さな石祠。

木立に囲まれた境内の一角には、石灯籠と小さな石祠も残されています。

今回確認できた範囲では石祠の社名や祭神までは特定できなかったため、無理に由緒を結び付けず、現地に残る境内の一景として紹介します。

佐久多神社の地形と立地

佐久多神社が鎮座する上来待は、宍道湖南側から山間部へ入った地域です。

神社は平地の道路沿いではなく、鳥居から参道を進み、斜面の石段を上った高い場所に本殿が建っています。

境内の周囲は竹林や樹木に囲まれており、現在も里山の中に神社が包まれるような景観が残っています。

古代の佐久多社が現在と全く同じ場所にあったかどうかは断定できませんが、集落を見下ろすような斜面上に祭祀の場所が設けられている現在の姿は、この地域で長く信仰が続いてきたことを思わせます。

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まとめ|『出雲国風土記』佐久多社の論社を訪ねて

松江市宍道町上来待に鎮座する佐久多神社は、『出雲国風土記』意宇郡に記された「佐久多社」の論社の一つです。

主祭神は天照大御神。由緒をたどると、韓國伊太弖神社や五十猛神との関係、そして「佐久多・佐久良・佐倉」という古い名のつながりも伝えられています。

現地では、道路沿いの鳥居から細い参道を歩き、長い石段を上った森の中に本殿が鎮座しています。拝殿を置かず本殿が正面に建つ境内も、この神社で印象に残る特徴の一つです。

『出雲国風土記』に記された佐久多社が、現在のどの神社にあたるのかについては複数説があります。

それでも、古い社名や地名、由緒、そして現地に残る境内を一つずつ確かめながら訪ねることで、風土記に記された神社と現在の土地とのつながりを身近に感じることができました。

※記事内容には正確を期していますが、掲載情報に誤りや変更点がありましたら、お手数ですが 問い合わせフォーム からお知らせください。内容を確認のうえ、必要に応じて訂正いたします。

佐久多神社の所在地・Googleマップ

佐久多神社の基本情報・連絡先

神社名 佐久多神社
読み さくたじんじゃ
風土記での社名 佐久多社
掲載郡 意宇郡
主祭神 天照大御神
所在地 〒699-0405 島根県松江市宍道町上来待551
電話番号 0854-49-7428
公式サイト 公式情報をご確認ください
御朱印 授与状況は現地または公式情報をご確認ください
駐車場 現地案内をご確認ください

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