【出雲国風土記】出雲郡の郷里と駅家一覧|8郷23里・神戸の構成|出雲市・松江市

2021年2月15日月曜日

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【出雲国風土記】出雲郡の郷里と駅家一覧|8郷23里・神戸の構成|出雲市・松江市

出雲国風土記「出雲郡 郷里驛家」には、郷(8)・里(23)に加えて神戸(1郷・里2)が記されます。 本記事では、郷名(読み)・字の改名(神亀3年)・名称由来(原文)をまとめ、あわせて現代の比定地メモを付しました。 郡域は概ね、現在の出雲市北部~大社町周辺、および松江市宍道町の一部に重なるとされます。


出雲大社・宇迦橋大鳥居(出雲郡・杵築郷ゆかり)
出雲大社の参道入口に立つ宇迦橋大鳥居。出雲国風土記の出雲郡・杵築郷に関わる代表的景観。

風土記に「杵築郷」として語られる出雲大社周辺は、出雲郡を象徴する中心地のひとつ。

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出雲郡の概要

出雲国風土記の出雲郡条は、郷里(行政区画)と駅家を扱う章立てのうち「郷里驛家」に属します。 郡域は概ね、現在の出雲市北部~大社町、および松江市宍道町の一部に比定され、 郡内を「斐伊大河(現在の斐伊川)」が貫き、平野と海浜を抱える土地として描かれます。

出雲郡の郷(8)と里(23)の構成

合はせて 郷八、里二十三。神戸一、里二。

  • 建部郷(たけるべ)
  • 漆沼郷(しつぢ)
  • 河内郷(かふち)
  • 出雲郷(いづも)
  • 杵築郷(きづき)
  • 伊努郷(いぬ)
  • 美談郷(みだみ)
  • 宇賀郷(うか)
  • 神戸郷(かむべ)※神戸(里2)

※原文では「以上七、郷別に里三」「宇賀郷は里二」「神戸郷 里二」と記されます。

各郷の由来(現代語要約+原文)

建部郷(たけるべ)

郡家の東方に位置するとされ、もとは「宇夜里」と呼ばれた由来(宇夜都辨命の天降り)を語ったのち、 天皇が倭健命(ヤマトタケル)を忘れないため「健部」を定めた、と説明します。 現代の比定は、旧斐川町(現・出雲市斐川町)周辺から松江市宍道町の一部に及ぶとされます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
合はせて 郷八、里二十三。神戸一、里二。
健部郷(たけるべのさと) 今も 前に依りて用ゐる。

健部郷(たけるべのさと)。郡家(ぐうけ)の 正東(まひがし)一十二里二百 二十 四歩 なり。先 に 宇夜里(うやのさと)と 號(なづ)けし 所以(ゆゑ)は、宇夜都辨命(うやつべのみこと)、其 の 山峰(みね)に 天降(あも)り 坐(ま)しき。卽 ち 彼(そ)の 神 の 社、今 に至るまで 猶 此の處に 坐(ま)せり。故(かれ)、宇夜里(うやのさと)と云ふ。…(以下略)

漆沼郷(しつぢ)

もとの字を「志丑治」とし、神亀3年に「漆沼」へ改字したと記します。 郷内に神(薦枕志都治値/天津枳値可美高日子命)を祀ること、正倉があることも併記されます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
漆沼(しつぢ)郷 本(もと)の字は 志丑治(しつぢ)。

漆沼郷(しつぢのさと)。郡家(ぐうけ)の 正東(まひがし)五里二百七十歩 なり。… 神龜三年に、字を漆沼と改たむ。卽ち正倉あり。

河内郷(かふち)

斐伊大河が郷内を北へ流れるため「河内」とする、と説明します。 あわせて堤(つつみ)の長さ・幅など、治水に関わる具体的数値を記します。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
河内(かふち)郷 今も前に依りて用ゐる。

河内郷(かふちのさと)。郡家 の 正南(まみなみ)一十三里一百歩 なり。斐伊(ひ)大河(のおほかは)、此の 郷(さと)の 中 を 北 に 流 る。故(かれ)、河内 と云ふ。卽 ち 隄(つつみ)あり。長 さ 一百七十丈五尺 なり。…(以下略)

出雲郷(いづも)

「出雲」と名づける所以は「名を説くこと國の如し」として、国名由来の項へ接続します。 郡家に属すると明記され、郡の中核として扱われます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
出雲(いづも)郷 今も前に依りて用ゐる。

出雲郷(いづものさと)。卽 ち 郡家 に 屬(つ)けり。【名を 說くこと國の如し】。

杵築郷(きづき)

旧字を「寸付」とし、神亀3年に「杵築」へ改字したと記します。 国引きの後、諸神が宮処に参集して「杵築きたまひき」という語りで、杵築大社(出雲大社)へ接続します。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
杵築(きづき)郷 本 の字は 寸付(きづき)。

杵築郷(きづきのさと)。郡家 の 西北 二十 八里六十歩 なり。… 故(かれ)、寸付(きづき)と云ふ。神龜三年に、字を杵築と改む。

伊努郷(いぬ)

旧字を「伊農」とし、神亀3年に「伊努」へ改字したと記します。 郷内に赤衾伊努意保須美比古佐倭氣命の社が坐すことを由来として挙げます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
伊(い)努(ぬ)郷 本の字は 伊農(いぬ)。

伊努郷(いぬのさと)。郡家(ぐうけ)の 正北(まきた)八里七十二歩 なり。… 故(かれ)、伊農と云ふ。神龜三年に、字を伊努と改む。

美談郷(みだみ)

旧字を「三太三」とし、神亀3年に「美談」へ改字したと記します。 郷内に和加布都努志命が坐し、天御領田の長として仕えた、という由来を語ります。正倉あり。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
美談(みだみ)郷 本の字は 三太三(みだみ)。

美談郷(みだみのさと)。郡家 の 正北九里二百四十歩 なり。… 神龜三年に、字を美談と改む。卽ち正倉あり。

宇賀郷(うか)

里二とされる郷。綾門日女命が逃れて隠れた場所を大国主命が探し求めた、という物語から「宇賀」を説きます。 また海浜の磯(腦礒)と窟戸(黄泉の穴)など、地形伝承が詳しく述べられます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
宇賀郷(うかのさと) 今も前に依りて用ゐる。里二

宇賀郷(うかのさと)。郡家 の 正北一十七里 二十 五歩 なり。…(腦礒・窟戸・黄泉の坂・黄泉の穴の記述)…(以下略)

神戸郷(かむべ)/神戸里(かむべのさと)

神戸は「里二」とされ、本文末に「神戸里」として距離が示されます。 「出雲」と名づける由来は意宇郡の例に同じ、と付記されます。

出雲国風土記の記載を読む(原文)
神戸(かむべ)郷 里二

神戸里(かむべのさと)。郡家(ぐうけ)の 西北二里一百 二十 歩 なり。 出雲(いづも)な り。名 を 說 くこと意宇郡の如し。

比定地・補足メモ

  • 郡域の比定:現在の出雲市北部~大社町周辺、松江市宍道町の一部に重なるとされる。
  • 改字(神亀3年):漆沼郷(志丑治→漆沼)、杵築郷(寸付→杵築)、伊努郷(伊農→伊努)、美談郷(三太三→美談)などが本文に明記される。
  • 里名:本文は基本的に里数(里三/里二)中心で、里名は「宇夜里」「神戸里」など一部のみ具体名が出る。
  • 駅家:原記事は末尾が「取得中…」となっており、駅家の具体的列挙は追補予定。

アクセス(地図)

代表地点 出雲大社(出雲市大社町杵築東)
備考 出雲郡(杵築郷)を象徴する拠点として、現地踏査の起点にしやすい場所。

お問い合わせ

取材・現地案内 郷名比定地・旧跡・温泉地などの一般的な観光案内は、出雲市または出雲観光協会等へお問い合わせください。
誤記・比定地のご指摘 史料の読み・比定地情報は更新されることがあります。お気づきの点は、コメント欄等で情報提供いただけると助かります。
参拝・訪問時の注意 旧跡や古社は集落内・山際に位置する場合があります。私有地・生活道路への配慮、安全確認のうえで訪問してください。

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