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2021年2月15日月曜日

出雲郡 山野河川海岸通道

 出雲郡 山野河川海岸通道

(かむ)()()(やま)郡家(ぐうけ)東南三里一百五十歩なり。高一百七十五丈(めぐ)一十五里六十歩あり()()()()(のやしろ)()()()()()()(たか)()()(のみこと)(みね)にあり(かれ)(かむ)()()云ふ

出雲(いづも)(のみ)(さき)(やま)郡家(ぐうけ)西北二十七里百六十歩なり。高三百六十丈(めぐ)九十六里一百六十五歩あり。西(ふもと)に、はゆる所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)()

凡そ、(もろもろ)山野(やまぬ)る所の草木は、卑解(ところ)百部根(ほとづら)女委(ゑみくさ)夜干(からすあふぎ)商陸(いをすき)獨活(うど)葛根(くずのね)(わらび)(すもも)蜀椒(なるはじかみ)(にれ)・赤桐・白桐(きり)・椎・椿(かへ)禽獸にはち、晨風(はやぶさ)山雞(やまどり)(くぐひ)(つぐみ)鹿獼猴(さる)飛鼯(むささび)あり

出雲大川。源は伯耆(ははき)と出雲との二國なる鳥上(とりかみ)よりれて、仁多(にた)橫田(よこた)に出で、卽ち橫田三處(みところ)三澤(みざわ)布勢(ふせ)の四郷を經て、大原(おほはら)なる(ひき)()に出で、卽ち來次(きすき)斐伊()屋代(やしろ)(かむ)(はら)の四郷を經て、出雲なる多義(たが)に出で、河内(かふち)・出雲の二郷を經て、れ、れて西れ、卽ち()()杵築(きづき)の二郷を經て、神門(かむどの)(みづ)(うみ)に入る()()はゆる斐伊()河下(かはしも)なり。河の兩邊(あたり)は、或は土地(つち)かに()えて、土穀(たなつもの)(みの)欵枝(たわわ)に、百姓(たみ)膏腴(うるほひ)(その)なり或は土地(つち)(ゆた)かに()えて、草木(むらが)()ひたり。則年魚(あゆ)(さけ)麻須(ます)伊具比(いぐひ)魴鱧(むなぎ)(たぐひ)あり、潭湍(ふちせ)(なら)(およ)ぐ。河口(かはぐち)河上(かはかみ)の橫田村に至るまでのつの百姓(たみ)、河に便()りて()めり出雲・飯石仁多大原郡。孟春(むつき)より(はじ)めて季春(やよひ)に至るまで、材木(くれき)(かと)沿沂(のぼりくだ)

()()()小川(のをがは)。源は出雲御崎山より出で、れて大海に入る。年魚(あゆ)少々あり

土負(つちおひ)(のいけ)周り(めぐ)二百四十あり。

須々比(すすひ)池。周二百五十歩あり。

西門江(にしどのえ)。周三里一百五十八歩あり。東れて入海に入るあり

大方(おほかた)江。周二百四十四歩あり。東れて入海に入る。鮒あり。は、(なら)びに、まる所なり。東入海にして、三方(なら)びに平原(はら)遼遠(はろか)なり山雞(やまどり)(たかべ)鴛鴦(をし)(たぐひ)(さは)にあり。東入海る所の(くさぐさ)は、秋鹿(あきか)說けるが如し。北は大海なり。

宮松(みやまつ)楯縫出雲とのにあり

()()()濱。廣さ二里一百二十あり

()()嶋。紫菜(のり)海松(みる)生へり。(あはび)(にし)蕀甲贏(うに)あり

井呑(ゐのみ)濱。廣四十二歩あり

()()()濱。三十五歩あり

大前(おほさき)嶋。高一丈(めぐ)二百五十歩あり海藻()()へり

(なづき)嶋。紫菜(のり)海藻()生へり。松・(かへ)あり

(さぎ)濱。廣二百歩あり

(くろ)嶋。海藻()生へり。

()()濱。廣二十歩あり

()()一里四十歩さ二十あり。埼の南の本は、東西に戸をはし、船(なほ)往來(かよ)へり。上には(むらが)()ひたり

宇禮保(うれほ)浦。廣七十八歩あり船二十(ばかり)()つべし

山埼(やまさき)。高さ三十九丈。(めぐ)一里二百五十歩あり椎・楠・椿・松あり。

子負(こおひ)嶋。なり

大椅(おほはし)濱。廣一百五十歩あり

御前(みさき)濱。廣一百二十歩あり百姓(たみ)あり

御嚴(みいつく)嶋。海藻()()へり。

()(くり)()嶋。高四丈二十歩ありあり

等々(とど)嶋。貽貝(いがひ)石花()あり

怪聞(しも)埼。長三十歩、廣さ三十二歩あり松あり。

()()()濱。廣一十八歩あり

粟嶋。海藻()生へり。

黑嶋。海藻()生へり。

這田(はふた)濱。廣一百歩あり

二俣(ふたまた)濱。廣九十八歩あり

門石(かどいは)嶋。高五丈(めぐ)四十二歩ありあり

(その)。長三里一百歩一里二百歩あり。松(しげ)し。神門水海(かむどのみづうみ)より大海に通ふ(みなと)三里一百二十歩あり()は則ち出雲と神門(かむど)との二郡なり

凡そ、北の海に在る所の(くさぐさ)は、楯縫(たてぬひ)說けるが如し。(ただ)(あはび)は出雲(もっと)(まさ)れり。()らふるは、()はゆる御埼(みさき)海子(あま)なり

通道(かよひぢ)意宇(おう)なる佐雜(ささふ)に通ふは、一十三里六十四歩なり

神門郡の堺なる出雲大河の(ほとり)に通ふは、二里六十歩なり

大原郡の堺なる多義(たが)に通ふは、一十五里三十八歩なり

楯縫郡の堺なる()()に通ふは、一十四里二百二十歩なり

      郡司 主帳 无位   若倭部臣(わかやまとべのおみ)

       大領 外正八位下  日置部臣(へきべのおみ)

       少領 外從八位下  大臣(おほのおみ)

       主政 外大初位下  部臣(とものおみ)



ここからはぐうたら亭主のおすすめです!! 

古代出雲は、奈良時代に入る頃、大きな変革を迎えた。当時の様子を記す地誌『出雲国風土記』を考古学の成果から再検証し、役所の姿、整備された道路、数々の寺院を復元。古代都市としての出雲国の成立を明らかにする。(Amzon「BOOK」データベースより)


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