【出雲国風土記】出雲郡 山野・河川・海岸・通道|山・川・海の古地名をたどる|出雲郡・出雲市
出雲国風土記の中でもボリュームのある「出雲郡 山野・河川・海岸・通道」の条。
神名火山・出雲御崎山・出雲大川から、浜や島々、通い路にいたるまで、
古代出雲の自然環境と地名を、現在の風景と重ねながらたどっていきます。
出雲郡「山野・河川・海岸・通道」とは
出雲国風土記の「出雲郡」条は、郡域に広がる山や川・池・江(潟湖)、海岸線や島、そして他郡へ通じる通道まで、
きわめて詳しい自然地理の記述が特徴です。
本記事では、その中から
神名火山・出雲御崎山・出雲大川をはじめとする山野・河川と、
海岸線・島嶼・浦・浜・通道の記述をまとめて紹介します。
古代の度量で示された「高さ」「周り」「広さ」の数字は、現代の地形を考えるうえでも重要な手がかり。 また、鮑・紫菜・海松など海産物の豊かさや、年魚(鮎)・鮭といった川魚、 そして山野に生える草木・棲む鳥獣まで網羅されており、出雲郡が海と山の恵みに支えられていたことが分かります。
条文の概要と見どころ
冒頭に登場する神名火山(かむなびやま)は、曾支能夜社(きひさかみたかひこのみことを祀る社)が山頂にあることから、 山そのものが神の名を負うと説明されます。山名の由来を社名と結びつけて語る点が、信仰と地形が一体になった出雲らしい記述です。
続く出雲御崎山は、郡家からの距離と山の高さ・周囲が細かく記され、その西麓には 「所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)」の社が鎮座すると述べられます。 現在の出雲大社周辺を想起させるくだりであり、出雲大社の神域と海岸線が一体の景観として意識されていたことがうかがえます。
出雲大川(斐伊川)の項では、源流の鳥上山から仁多郡・大原郡・出雲郡を貫き、
神門水海(宍道湖・中海)へ注いでいく流路が、多くの郷名とともに詳述されています。
川沿いの土地が「百姓の膏腴の薗」であること、春には材木を筏で流す船が往来することなど、
古代の物流と生活の動脈としての斐伊川がありありと描かれています。
海岸部では、意保美浜・気多島・宇太保浜・爾比埼・宇礼保浦・薗など、 浜と浦・岬・島々が次々と挙げられ、それぞれの広さ・周囲・産物が記されています。 鮑・紫菜・海藻・貽貝などの海産物が豊富で、とくに鮑は出雲郡が「尤も優れたり」とされる点も見逃せません。
末尾の通道では、意宇郡・神門郡・大原郡・楯縫郡それぞれとの境までの距離が整理されており、 出雲郡が周辺諸郡とどのように結ばれていたかが一望できます。
出雲国風土記 原文(全文)
▼ 出雲国風土記「出雲郡 山野・河川・海岸・通道」全文を開く
奉納山公園から望む稲佐の浜。大社の街並みと日本海の広がりが一望できます。
神名火山。郡家の東南三里一百五十歩なり。高さ一百七十五丈、周り一十五里六十歩あり。曾支能夜社に坐す伎比佐加美高日子命の社、卽ち此の山の嶺にあり。故、神名火山と云ふ。
出雲御埼山。郡家の西北二十七里二百六十歩なり。高さ三百六十丈、周り九十六里一百六十五歩あり。西の下に、謂はゆる所造天下大神の社坐す。
凡そ、諸の山野に在る所の草木は、卑解・百部根・女委・夜干・商陸・獨活・葛根・薇・藤・李・蜀椒・楡・赤桐・白桐・椎・椿・松・栢。禽獸には則ち、晨風・鳩・山雞・鵠・鶇・猪・鹿・狼・兎・狐・獼猴・飛鼯あり
出雲大川。源は伯耆と出雲との二國の堺なる鳥上山より流れて、仁多郡橫田村に出で、卽ち橫田・三處・三澤・布勢等の四郷を經て、大原郡の堺なる引沼村に出で、卽ち來次・斐伊・屋代・神原等の四郷を經て、出雲郡の堺なる多義村に出で、河内・出雲の二郷を經て、北に流れ、更に折れて西に流れ、卽ち伊努・杵築の二郷を經て、神門水海に入る。此は則ち謂はゆる斐伊の河下なり。河の兩邊は、或は土地豐かに沃えて、土穀・桑・麻、稔り欵枝に、百姓の膏腴の薗なり。或は土地豐かに沃えて、草木叢り生ひたり。則ち年魚・鮭・麻須・伊具比・魴鱧等の類あり、潭湍に雙び泳ぐ。河口より河上の橫田村に至るまでの間、五つの郡の百姓、河に便りて居めり。出雲・神門・飯石・仁多・大原の郡。孟春より起めて季春に至るまで、材木を挍る船、河の中を沿沂る。
意保美小川。源は出雲御崎山より出で、北に流れて大海に入る。年魚少々あり。
土負池。周り二百四十歩あり。
須々比池。周り二百五十歩あり。
西門江。周り三里一百五十八歩あり。東に流れて入海に入る。鮒あり。
大方江。周り二百四十四歩あり。東に流れて入海に入る。鮒あり。二つ江の源は、並びに、田の水の集まる所なり。東は入海にして、三方は並びに平原遼遠なり。山雞・鳩・鳧・鴨・鴛鴦等の族、多にあり。東の入海に在る所の雜の物は、秋鹿郡に說けるが如し。北は大海なり。
宮松碕。楯縫と出雲との郡の堺にあり。
意保美濱。廣さ二里一百二十歩あり。
氣多嶋。紫菜・海松生へり。鮑・螺・蕀甲贏あり。
井呑濱。廣さ四十二歩あり。
宇太保濱。廣さ三十五歩あり。
大前嶋。高さ一丈、周り二百五十歩あり。海藻生へり。
腦嶋。紫菜・海藻生へり。松・栢あり。
鷺濱。廣さ二百歩あり。
黑嶋。海藻生へり。
米結濱。廣さ二十歩あり。
爾比埼。長さ一里四十歩、廣さ二十歩あり。埼の南の本は、東西に戸を通はし、船猶往來へり。上には則ち松叢り生ひたり。
宇禮保浦。廣さ七十八歩あり。船二十許泊つべし。
山埼。高さ三十九丈。周り一里二百五十歩あり。椎・楠・椿・松あり。
子負嶋。礒なり。
大椅濱。廣さ一百五十歩あり。
御前濱。廣さ一百二十歩あり。百姓の家あり。
御嚴嶋。海藻生へり。
御厨家嶋。高さ四丈、周り二十歩あり。松あり。
等々嶋。貽貝・石花あり。
怪聞埼。長さ三十歩、廣さ三十二歩あり。松あり。
意能保濱。廣さ一十八歩あり。
粟嶋。海藻生へり。
黑嶋。海藻生へり。
這田濱。廣さ一百歩あり。
二俣濱。廣さ九十八歩あり。
門石嶋。高さ五丈、周り四十二歩あり。鷲の栖あり。
薗。長さ三里一百歩、廣さ一里二百歩あり。松繁く多し。卽ち神門水海より大海に通ふ潮の長さ三里、廣さ一百二十歩あり。此は則ち出雲と神門との二郡の堺なり。
凡そ、北の海に在る所の雜の物は、楯縫郡に說けるが如し。但、鮑は出雲郡尤も優れり。捕らふる者は、謂はゆる御埼の海子是なり。
通道。意宇郡の堺なる佐雜村に通ふは、一十三里六十四歩なり。
神門郡の堺なる出雲大河の邊に通ふは、二里六十歩なり。
大原郡の堺なる多義村に通ふは、一十五里三十八歩なり。
楯縫郡の堺なる宇加川に通ふは、一十四里二百二十歩なり。
現地写真ギャラリー
稲佐の浜の夕景。弁天島が浮かぶ神秘的な薄暮の海。
斐伊川の河原と砂州。風土記の「出雲大川」と重なる現在の流れ。
アクセス・周辺案内
「山野・河川・海岸・通道」の記述は出雲郡一帯にわたりますが、ここでは代表して 稲佐の浜(島根県出雲市大社町杵築北)へのアクセスを記します。
島根県出雲市大社町杵築北・稲佐の浜周辺。出雲大社前駅から徒歩圏内で、海岸線に沿って風土記ゆかりの地名が点在します。
お問い合わせ
| 所在地 | 島根県出雲市大社町周辺(出雲郡域一帯) |
|---|---|
| TEL | 出雲市観光課/出雲観光協会などにお問い合わせください。 |
| 駐車場 | 稲佐の浜駐車場(無料)ほか、各スポット周辺の駐車場を利用。 |
| 備考 | 山野・河川・海岸の各地点は私有地や危険個所もあるため、立ち入りには十分ご注意ください。 |

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