【出雲国風土記】智伊神社(知乃社)|高皇産霊神を祀る古社|神門郡・出雲市知井宮町

2026年4月3日金曜日

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【出雲国風土記】智伊神社(知乃社)|高皇産霊神を祀る古社|神門郡・出雲市知井宮町

なぜこの場所に社が記されたのか。
『出雲国風土記』神門郡条に見える「知乃社」は、その問いを静かに残しています。

現在の智伊神社は、その「知乃社」に比定される古社とされます。主祭神は高皇産霊神。さらに境内には比布智神社をはじめ複数の社が祀られており、ひとつの社地に重なる信仰の歴史を今に伝えています。現地を歩くと、風土記の一行だけでは見えない社地の広がりが少しずつ見えてきます。

智伊神社 拝殿 出雲市 高皇産霊神を祀る社殿
拝殿。現在の参拝の中心であり、智伊神社の静かな境内を象徴する建物です。
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風土記での記載

『出雲国風土記』神門郡条 「知乃社」

風土記の本文では、この社はただ簡潔に「知乃社」と記されています。長い説明が添えられているわけではありませんが、神門郡条の中に社名が載るということ自体が、この地の社が郡の中で意識される存在だったことを示しています。現在の智伊神社は、この「知乃社」に比定される神社として知られています。

さらに由緒によれば、『延喜式神名帳』には「智伊神社」と見え、『三代実録』には貞観十年(869)に従五位下、同十三年に従五位上を授けられた記事が残ります。風土記の一行と、平安期の記録とがつながることで、この社が長く名を伝えてきた古社であることがわかります。

御祭神と由緒

主祭神高皇産霊神
合祀神埴安姫神
境内社比布智神社、稲荷神社、春日・金刀比羅神社、大山神社、大三輪神社

主祭神の高皇産霊神は、ものごとの生成や結びに関わる神として知られています。智伊神社では、この神名が土地の守りや暮らしの安定と重なるように受け継がれてきたと考えられます。あわせて埴安姫神が合祀され、さらに境内社に倉稲魂神、大己貴神、大物主神などが祀られていることからも、この社地が地域の生活に関わる多様な祈りを受け止めてきたことがうかがえます。

由緒では、創立年代は不詳としつつ、文禄年中に本社が炎上し、縁起や神書が失われたと伝えています。また、宝暦五年(1758)には現在多聞院南横に鎮座していた社を現在地へ移したとされます。記録の欠落はあるものの、社名と祭祀そのものは絶えず受け継がれてきました。

特に注目したいのは境内社の比布智神社です。案内によれば、これは『出雲國風土記』所載の神門郡神祇官社「又比布知社」、さらに『延喜式神名帳』所載の「同[比布智]社坐 神魂子角魂神社」にあたるとされています。「同社坐」は、同じ境内に坐すと読むのが自然で、少なくとも延喜式の時代には、智伊神社と比布智神社が一つの社地の中で意識されていた可能性があります。

智伊神社 本殿 出雲市 高皇産霊神を祀る本殿側面
本殿。拝殿の奥に静かに控え、派手さよりも落ち着きを感じさせる社殿です。

本殿を見ると、現在の社殿は後世のものでも、長く守られてきた社地らしいまとまりが感じられます。拝殿の奥に控える配置は素直で、社地全体が無理なく整えられている印象です。

智伊神社 鳥居 出雲市 社頭の石鳥居
鳥居。ここから境内へ向かう流れがはっきり見え、社地の入口であることがよくわかります。

社頭の鳥居は華美ではありませんが、石段やその先の境内へ視線を導く役割をよく果たしています。風土記の時代の景観をそのまま残すものではありませんが、社の入口としての構えは今も明快です。

智伊神社 参道階段 出雲市 石垣にはさまれた石段
参道階段。石垣にはさまれた長い石段が、社地の高まりをよく示しています。

参道の石段は思ったより長く、上るにつれて社地が少し高い場所に営まれていることが実感できます。平地の神社というより、区切られた場として整えられている印象が強く、現地で見ると風土記の一行に別の厚みが出てきます。

智伊神社 随神門 出雲市 石段上の門
随神門。鳥居から本殿へ向かう流れの中で、境内の奥行きを印象づける建物です。

石段の上に建つ随神門は、社頭から本殿へ向かう導線を一段引き締めています。こうした構造を見ると、智伊神社が単に社殿を置くだけでなく、社地全体として整えられてきたことがわかります。

智伊神社 境内社 比布智神社を含む社群
境内社。比布智神社を含む複数の社が同じ社地の中に祀られています。

境内社の並びを見ると、智伊神社が一柱だけを祀る閉じた社ではなく、複数の信仰を受け止める場だったことが感じられます。特に比布智神社の存在は、風土記と延喜式の記述を現地に引き戻して考えるうえで重要です。

立地と社地

智伊神社の社地は、参道の高低差からもわかるように、周囲よりわずかに高まった場所にあります。広く見渡す眺望を持つわけではありませんが、入口から奥へ向かう軸線が明確で、意識的に選ばれた場であることを感じさせます。

風土記の記述そのものは簡潔ですが、現地を見ると、この場所が単なる所在の記録ではなく、郡の中で社として認識されるに足るまとまりを持っていたことがわかります。比布智神社を含む社地の構成もあわせると、智伊神社は神門郡の中で複数の祭祀を受け止める社地だった可能性があると考えられます。

まとめ

『出雲国風土記』の「知乃社」という一行は、とても短い記述です。けれども、延喜式や由緒、そして現地の境内構成を重ねていくと、その背後には長く維持されてきた社地のまとまりが見えてきます。

智伊神社は、風土記掲載神社として名を伝えるだけでなく、比布智神社を含む複数の信仰の場として今も読める社です。すべてを断定することはできませんが、風土記の一行を手がかりに現地を見ることで、この社の意味は少しずつ立ち上がってくるように思われます。

アクセス・駐車場

地図

駐車場の有無や利用方法は現地案内の確認が安心です。

神社基本情報

神社名智伊神社
所在地島根県出雲市(詳細住所は現地案内をご確認ください)
電話番号智伊神社社務所(公式情報をご確認ください)
公式サイト確認できる公式情報はありません
御朱印現地または社務所でご確認ください
駐車場現地案内をご確認ください

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初掲載日:2026年4月3日

最終更新日:2026年4月13日

(記録:ぐうたら亭主)

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