ラベル 出雲国風土記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 出雲国風土記 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年6月15日月曜日

意宇郡 寺院神社

意宇郡 寺院神社




敎昊寺(けうかうじ)舍人(とね)郷の中にあり。郡家の正東(まひがし)二十五里一百二十歩なり。五層の塔を建立()(ほふし)あり。敎昊(けいかう)(ほふし)造りし所なり。()()大初位下上蝮首押猪(かみのたぢひのおびとおしゐ)祖父(おほぢ)なり

新造院(しんざうのゐん)一所。山代郷の中にあり。郡家(ぐうけ)西北四里二百歩なり。嚴堂(ごんだう)建立()(ほふし)なし日置君目烈(へきのきみめづら)造りし所なり。出雲神戸の日置君(へきのきみ)鹿麻呂が(おや)なり

新造院(しんざうのゐん)一所。山代郷の中にあり。郡家の西北二里なり。嚴堂(ごんだう)建立()住める(ほふし)一軀(ひとり)有り飯石郡(いひしのこほり)少領(すけ)出雲臣(いづものおみ)弟山(をとやま)造りし所なり。

新造院(しんざうのゐん)一所。山國郷の中にあり。郡家の東南三十一里一百二十歩なり。三層の塔を建立()つ。山國郷の人、日置部根緒(へきべのねを)造りし所なり。

 

熊野大社(くまぬのおほやしろ)(熊野坐神社名神大)     夜麻佐社(やまさのやしろ)(山狭神社)

賣豆貴(めつき)社(賣豆紀神社)          加豆比乃(かつひの)(勝日神社)

由貴(ゆき)社(由貴神社)                  加豆比乃高(かつひのたか)社(勝日高守神社)

都俾志呂(つへしろ)社(都辨志呂神社)         玉作湯(たまつくりのゆ)社(玉作湯神社)

野城(ぬき)(野城神社)               伊布夜(いふや)社(揖屋神社)

支麻知社(きまち)(來待神社)              夜麻佐(やまさ)社(同社坐久志美気濃神社)

野城(ぬき)社(同社坐大穴持神社)        久多美(くたみ)社(久多彌神社)

佐久多(さくた)社(佐久多神社)            多乃毛(たのも)社(田面神社)

須多(すた)社(須田神社)               眞名井(まなゐ)社(真名井神社)

布辨(ふべ)社(布辨神社)               斯保彌(しほみ)社(志保美神社)

意陀支(おだき)社(意多伎神社)            市原(いちはら)社(市原神社)

久米(くめ)社(久米神社)               布吾彌(ふごみ)社(布吾彌神社)

宍道(ししぢ)(宍道神社)               野代(ぬしろ)社(野白神社)

賣布(めふ)社(賣布神社)               狹井(さゐ)(佐為神社)

同狹井高守(おなじさゐのたか)(佐為高守神社)       宇流布(うるふ)社(宇流布神社)

伊布夜(いふや)社(同社坐韓國伊太氐神社)  由宇()社(同社坐韓國伊太氐神社)

布自奈(ふじな)社(布自奈神社)            同布自奈(おなじふじな)社(布自奈大穴持神社)

野代(ぬしろ)社(同社坐大穴持御子神社)   佐久多(さくた)社(同社坐韓國伊太氐神社)

意陀支(おだき)社(同社坐御譯(みおき)神社)        (さき)社(前神社)

田中(たなか)社(田中神社)               詔門(のりと)社(能利刀神社)

楯井(たてゐ)社(楯井神社)               速玉(はやたま)社(速玉神社)

石坂(いはさか)社(盤坂神社)              佐久佐(さくさ)社(佐久佐神社)

多加比(たかひ)社(鷹日神社)              山代(やましろ)社(山代神社)

調屋(つきや)社(筑陽神社)               (おなじ)社(同社坐波夜都武自和気神社)

以上四十八所は、並びに神祇官にあり。

宇由比(うゆひ)社   支布佐(きふさ)

毛彌乃(もみの)社   那富乃夜(のほのや)

支布佐(きふさ)社   國原(くにはら)

田村(たむら)社    市穗(いちほ)

同市穗(おなじいちほ)社  伊布夜(いふや)

阿太加夜(あだかや)社  須多下(すたのしも)

河原(かはら)社    布宇(ふう)

末那爲(まなゐ)社   加和羅(かわら)

笠柄(かさがら)社   志多備(したび)

食師(みけし)社      以上一十九所は、並びに神祇官あらず。

2020年6月13日土曜日

出雲國風土記 国の総括的記述

出雲國風土記


國の大體(おほかた)は、(ひむがし)(はじめ)とし、(にしみなみ)(をはり)とす。(ひむがし)(みなみ)とは山にして、西と北とは海に()けり
東西一百三十七里一十九歩
南北一百八十二里一百九十三歩

一百歩
七十三里三十二歩
得而難可誤

(ろう)枝葉(しえふ)細思(さいし)し、詞源(しげん)裁定(さいぢやう)す。(また)山野(さんや)(ひん)()(ところ)鳥獸(ていじう)(すみか)魚貝(ぎよばい)(かい)(さい)(たぐい)(いと)繁多(さは)にして、(ことごと)には()べず。(しか)はあれど()むことを()ざるは、粗梗槪(ほぼあらまし)()げて、(ふみ)(おもむき)を成しつ。

出雲(いずも)(なづ)くる所以(ゆゑ)は、八束(やつか)(みづ)(おみ)津野(づぬ)(のみこと) ()りたまひしく、「八雲立つ」()りたまひき。(かれ)、八雲立つ出雲(いずも)と云ふ。

()はせて神社(かみのやしろ) 三百九十九所
一百八十四所 (じん)祇官(ぎくわん)に在り 
二百一十五所 神祇官に在らず。
九郡。(さと)六十二。(こざと)一百八十一。 餘戶(あまりべ)四。 驛家(うまや)六。 (かむ)()七。里一十一。
() () (のこほり)。 十一。里三十三。餘戶一。 驛家三。 神三。里六
(しま) () (のこほり)。 八。里二十四。餘一。 驛家一。
(あき) 鹿() (のこほり)。 四。里一十二。神一。(こざと)なり
(たて) (ぬひ) (のこほり)。 四。里一十二。餘一。神一。里なり。
() (づも) (のこほり)。 里二十三。神一。里二。
(かむ) () (のこほり)。 里二十二。餘一。 驛家二。 神一。里なり。
() (ひし) (のこほり)。 里一十九。
() () (のこほり)。 四。里一十二。
(おほ) (はら) (のこほり)。 郷八。里二十四。
  右の(くだり)(さと)の字は、靈龜(りやうき)元年(七一五年)の(しき)()りて、里を改めて郷と爲せり。その郷の名の字は(じん)()三年726年)の民部省(みんぶしやう)口宣(くぜん)(かがふ)りて之を改む。


2019年9月18日水曜日

出雲国風土記 神門郡 『波須波社(波須波神社)』

出雲国風土記 神門郡 『波須波社(波須波神社)』

ご 由 緒
波須波神社之由来
御祭神 意富斗能地神
    大斗乃辯神  二柱
此御祭神は古事記依れば神代七代の五代目に当り国造りなされた神であり此神をお祭りした神社は全国でこの波須波神社のみと云ふ極めて由緒ある神社であります。出雲風土記に依れば応神年間約一五五〇年前宮之部鍬𠮷に御鎮座往年は田中大明神と称し現在地には元龜三年十月廿九日再建され以来延宝二年と安永五年に本毀再建遷宮今回昭和五十六年に二〇五年振り四回目の遷宮が行われ其間屋根茸替は昭和二十八年までに十回を数えます。


昭和五十六年辛酉年秋吉日
以上
『神社境内説明板』より



御 祭 神
意富斗能地神(おうとのぢのかみ) 大斗乃辯神(おうとのべのかみ)


波須波神社-本殿
本殿
波須波神社-本殿
本殿
波須波神社-拝殿
拝殿
波須波神社-境内社 稲荷社
拝殿と本殿
波須波神社-境内社 稲荷社
境内社 稲荷社
波須波神社-拝殿扁額
拝殿の扁額
波須波神社-御由緒
御由緒
波須波神社-参道階段の途中にある倉庫(?)
参道階段の途中にある倉庫(?)
波須波神社-狛犬
狛犬
波須波神社-狛犬
狛犬
波須波神社-鳥居の扁額
鳥居の扁額
波須波神社-社号標
社号標
波須波神社-参道階段
参道階段
波須波神社-参道階段の鳥居
階段の鳥居

地図

問い合せ
住 所
島根県出雲市佐田町下橋波172
電 話
--
ホームページ
--
メールアドレス
--
ご朱印
有無は不明
駐 車 場

国道184号線沿いに下橋波簡易郵便局があり、そこを70mほど北に向かっていくと、右に入る道があります。そこからさらに70m程行くと宮の部公民館があり、前の道路が少し広くなっていてそこに同乗者を残して参拝しました。後になって宮の部公民館の駐車場に停めさせてもらえば良かったかなと思いました。

境内や参道など草ぼうぼうで手入れをされていないようだったのが少し残念でした。

嶋根郡 郷里驛家

嶋根郡 郷里驛家 嶋根郡 ( しまねのこほり ) 合はせて 郷 ( さと ) 八。 里 ( こざと ) 二十 五。 餘戸 ( あまりべ ) 一 。 驛家 ( うまや ) 一 。   朝酌郷 ( あさくみのさと )  今も 前 ( さき ) に依り て 用 ゐる 。 山口郷 ...