【出雲国風土記】嶋根郡 山野河川海岸通道|加賀の潜戸と朝酌渡をめぐる海岸景観|松江市・島根町
島根半島の「浜・岬・嶋」と、国の動脈(通道)を一気に見渡す――それが嶋根郡条です。
朝酌促戸渡の賑わい、白魚の漁、そして意宇・秋鹿・隠岐へ伸びる道筋まで。
風土記が描いた“海辺の生活と交通”を、原文と地図でたどります。
基本情報
| 条名 | 嶋根郡 山野河川海岸通道 |
|---|---|
| 主題 | 山・川・池・浜・岬・嶋の列挙と、郡境・隠岐へ通じる通道(交通) |
| 主な地名(本文登場) | 加賀の潜戸(旧潜戸)/朝酌促戸渡・朝酌渡/美保濱・美保埼/勝間埼(窟)/千酌濱(隠岐に度る津) ほか |
内容紹介
嶋根郡条は、まず布自枳美高山・女岳・毛志山・小倉山など、郡家を基準にした山々の位置関係を示し、山野の草木・禽獣を列挙します。
つづいて水草河・長見川・多久川などの川、法吉坡・前原坡・匏池などの池を挙げ、魚の有無や水鳥などの様子も添えています。
さらに圧巻なのが海岸部。朝酌促戸渡の“筌(うへ)”に魚が集まる賑わい、美保濱・勝間埼・千酌濱(隠岐へ渡る津)など、浜・埼・嶋・浦が連続して描かれます。
結びでは「通道」として、意宇郡境の朝酌渡、秋鹿郡境の佐太橋、千酌駅家の湊(隠岐渡)へ通じる里程が示され、嶋根郡が“海辺の交通の要”であったことが明確になります。
原文
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布自枳美高山(ふじきみのたけやま)。郡家(ぐうけ)の 正南(まみなみ)七里二百一十歩 なり。高 さ 二百七十丈、周(めぐ)り 一十里 なり。烽(とぶひ)あり。
女岳(めだけ)山。郡家 の 正南二百三十歩 なり。
蝨野(むしぬ)。郡家 の 西南三里一百歩 なり。樹木なし。
毛志(もし)山。郡家 の 正北(まきた)一里 なり。
大倉(おほくら)山。郡家 の 東北九里一百八十歩 なり。
糸江(いとえ)山。郡家 の 東北二十六里三十歩 なり。
小倉(をぐら)山。郡家の正西二十四里一百六十歩 なり。
凡そ 諸(もろもろ)の 山野 に 在 る所の 草木 は、白朮(をけら)・麥門冬(やますげ)・藍漆(やまあゐ)・五味子(さねかづら)・苦參(くらら)・獨活(うど)・葛根(くずのね)・薯預(やまついも)・卑解(ところ)・狼毒(やまさく)・杜仲(はひまゆみ)・芍藥(えびすぐすり)・芘胡(のぜり)・百部根(ほとづら)・石斛(いはぐすり)・高本(さはそらし)・藤・李・赤桐(あかぎり)・白桐(きり)・海柘榴(つばき)・楠・楊梅(やまもも)・松・栢(かへ)。禽獸には則ち、鷲・隼(はやぶさ)・山雞(やまどり)・鳩・鴙(きざし)・猪・鹿・猿・飛鼯(むささび)あり。
水草(みくさ)河。源二つあり…水草(みくさ)河。源二つあり。一水(すじ)の源は、郡家(ぐうけ)の東北三里一百八十歩なる毛志(もし)山より出で、一水(すじ)の源は、郡家の西北六里一百六十歩なる同じき毛志山より出づ。二つの水合ひ、南に流れて入海に入る。鮒あり。
長見(ながみ)川。源は郡家の東北九里一百八十歩なる大倉(おほくら)山より出で、東に流る。
大鳥(おほとり)川。源は郡家の東北一十二里一百一十歩なる墓野(はかぬ)山より出でて南に流れ、二つの水合ひ、東に流れて入海に入る。
野浪(ぬなみ)川。源は郡家の東北二十六里三十歩なる糸江(いとえ)山より出で、西に流れて大海(おほうみ)に入る。
加賀(かか)川。源は郡家の西北二十四里一百六十歩なる小倉(をぐら)山より出で、北に流れて大海に入る。
多久川。源は郡家の西北二十四里なる小倉山より出で、西に流れて秋鹿郡(あきかのこほり)なる佐太水海(さだのみづうみ)に入る。以上の六つの川は、並びに魚なし。
法吉坡(ほふきのつつみ)。周(めぐ)り五里。深さ七尺ばかりあり。鴛鴦(をし)・鳧(たかべ)・鴨・鯉・鮒・須我毛(すがも)あり。夏節(なつ)に当りて尤も美(うま)しき菜あり。
前原坡(さきはらのつつみ)。周り二百八十歩あり。鴛鴦(おし)・鳧(たかべ)・鴨等の類(たぐい)あり。
張田池(はりたのいけ)。周り一里三十歩あり。
匏(ひさご)池。周り一里一百一十歩あり。蔣(まこも)生(お)へり。
美能夜(みのや)池。周り一里あり。 口(くち)池。周り一里一百八十歩あり。蔣(まこも)・鴛鴦(をし)あり。
敷田(しきた)池。周り一里あり。鴛鴦(をし)あり。 南は入海なり。西より東に行く。
朝酌促戸渡(あさくみのせとのとわたり)。東に通道(かよひぢ)あり。西には平原(はら)あり。中央(まなか)は渡(わたり)なり。則ち筌(うへ)を東西に亘(わた)す。春秋に入出(いでい)る大き小(ち)さき雜(くさぐさ)の魚、臨時(とき)として筌の邊(ほとり)に來湊(あつま)りて、駓騃(おどろきはね)て、風のごとく壓(お)し、水のごとく衝(つ)き、或るは筌を破壞(やぶ)り、或るは日魚(ひを)と製(な)りて鳥に捕(と)らる。大き小(ち)さき雜(くさぐさ)の魚にて、濱に譟(さわ)がしく、家闐(にぎは)ひ、市人(いちびと)四(よも)より集(つど)ひ、自然(おのづから)に鄽(いちくら)を成せり。茲より東に入り、大井濱に至るまでの間の南北二つの濱は、並びに白魚(しらを)を捕り、水深し。
朝酌渡(あさくみのわたり)。廣さ八十歩許あり。國廳(くにのまつごとのや)より海邊(うみべ)に通ふ道なり。
大井濱。則ち海鼠(こ)・海松(みる)あり。又、陶器(すゑのもの)を造れり。
邑美冷水(おふみのしみづ)。東西北は山にして並びに嵯峨(さが)しく、南は海にして澶漫(ひろ)がり、中央(まなか)には鹵(かた)あり、灠(いづみ)磷々(きよ)し。男も女も老いたるも少(わか)きも、時々(よりより)に叢(むらが)り集(つど)ひて、常に燕會(うたげ)する地(ところ)なり。
前原埼(さきはらのさき)。東西北は並びに巃嵸(やまさが)しく、下(ふもと)には則ち陂(つつみ)あり。周(めぐ)り二百八十歩、深さ一丈五尺許(ばかり)あり。三つの邊(ほとり)には草木自(おのづか)ら涯(きし)に生(お)ふ。鴛鴦(おし)・鳧(たかべ)・鴨、隨時(よりより)の常(まま)に住めり。陂(つつみ)の南は海なり。卽ち陂(つつみ)と海との間は濱にして、東西の長さ一百歩、南北の廣さ六歩あり。肆松(まつづら)蓊欝(なりしげ)り濱鹵(なぎさ)淵澄(ふかくす)めり。男女時に隨(よ)りて叢會(つど)ひ、或るは愉樂(たのし)みて歸り、或(あ)るは耽遊(ゑら)ぎて歸ることを忘れ、常(つね)に燕喜(うたげ)する地(ところ)なり。
蜛蝫(たこ)嶋。周(めぐ)り一十八里一百歩、高さ三丈あり。古老の傳へに云へらく、出雲郡の杵築御埼(きづきのみさき)に蜛蝫(たこ)あり。天羽々鷲(あめのははわし)、掠(と)り持ち飛燕(とび)來て、此の島に止(とど)まりき。故(かれ)、蜛蝫(たこ)嶋と云ふ。今の人、猶誤りて栲(たく)嶋と號(なづ)くるのみ。土地(つち)豐(ゆた)かに沃(こ)え、西の邊(ほとり)に松二株あり。以外(このほか)は茅(ち)・莎(はますげ)・薺頭蒿(おはぎ)・蕗(ふふき)等の類(たぐい)生(お)ひ靡(なび)けり。卽ち牧あり。陸(くが)を去ること三里なり。
蜈蚣(むかで)嶋。周(めぐ)り五里一百三十歩、高さ二丈あり。古老の傳へに云へらく、蜛蝫(たこ)嶋にありし蜛蝫、蜈蚣を食ひ來て、此の嶋に止居(とどま)りき。故(かれ)、蜈蚣嶋と云ふ。東の邊に神社あり。此の外は皆悉(ことごと)に百姓(たみ)の家なり。土體(つち)豐かに沃(こ)え、草木扶疏(しげ)り、桑麻豐富(ゆたか)なり。此れ則ち謂はゆる嶋里(しまのさと)是れなり。津を去ること二里一百歩なり。卽ち此の嶋より伯耆の國郡(くに)の内の夜見(よみの)嶋に達(いた)るまで磐石(いは)あり。二里ばかり、廣さ六十歩ばかり。馬に乘りても猶往來(かよ)ふ。鹽滿つる時は、深さ二尺五寸ばかり、鹽乾(ひ)る時は、已(すで)に陸地(くが)の如し。
和多々(わただ)嶋。周り三里二百二十歩あり。椎・海石榴(つばき)・白桐(きり)・松・芋菜(いへついも)・薺頭蒿(おはぎ)・蕗(ふふき)・都波(つは)・猪(ゐ)・鹿(しか)あり。陸(くが)を去ること、渡り一十歩なり深き淺きを知らず。
美佐(みさ)嶋。周り二百六十歩、高さ四丈あり。椎・橿(かし)・茅(ち)・葦(あし)・都波(つは)・薺頭蒿(おはぎ)あり。
戸江剗(とのえのせき)。郡家(ぐうけ)の正東(まひがし)二十里一百八十歩なり。嶋に非ず。陸地(くが)の濱のみ。伯耆の國郡(くに)の内なる夜見島と相向る間(ところ)なり。
栗江(くりえ)埼。夜見島に相向ふ。促戸(せと)の渡(わたり)は二百一十六歩なり。埼の西は、入海の堺なり。 凡そ南の入海に在る所の雜(くさぐさ)の物は、入鹿(いるか)・和爾(わに)・鯔(なよし)・須受枳(すずき)・近志呂(このしろ)・鎭仁(ちに)・白魚(しらを)・海鼠(こ)・鰝鰕(えび)・海松(みる)等の類(たぐい)、至多(いとさは)にして名を盡くすべからず。 北は大海にして、埼の東は大海の堺なり。猶西より東に行く。 鯉石(こひし)嶋。海藻(め)生(お)へり。 大嶋。礒(いそ)なり。
宇由比(うゆひ)濱。廣さ八十歩あり。志毗魚(しび)を捕る。 鹽道(しほぢ)濱。廣さ八十歩あり。志毗魚を捕る。 澹由比(たゆひ)濱。廣さ五十歩あり。志毗魚を捕る。
加努夜(かぬや)濱。廣さ六十歩あり。志毗魚を捕る。
美保(みほ)濱。廣さ一百六十歩あり。西に神社あり。北に百姓(たみ)の家あり。志毗魚を捕る。
美保埼。周(めぐ)り壁峙(そばだ)ちて、嶵定(さが)しき岳(やま)なり。
等々(とど)嶋。禺々(とど)常に住めり。
土(つち)嶋。礒(いそ)なり。
久毛等(くもと)浦。廣さ一百歩あり。東より西に行く。十の船泊(は)つべし。
黑嶋。海藻(め)生(お)へり。 這田(はふた)濱。長さ二百歩あり。
比佐(ひさ)嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生(お)へり。 長(なが)嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生(お)へり。
比賣(ひめ)嶋。礒(いそ)なり。
結嶋門(ゆひのしまと)嶋。周(めぐ)り二里三十歩、高さ一十丈あり。松・薺頭蒿(おはぎ)・都波(つは)あり。
御前(みさき)小嶋。礒なり。
質留比(しちるひ)浦。廣さ二百二十歩あり。南に神社あり。北に百姓(たみ)の家あり。三十の船泊(は)つべし。
久宇(くう)嶋。周(めぐ)り一里三十歩、高さ七尺あり。椿・椎・白朮(をけら)・小竹(しぬ)・薺頭蒿(おはぎ)・都波(つは)・茅(ち)等あり。
加多比(かたひ)嶋。礒なり。
船(ふな)嶋。礒なり。
屋(や)嶋。周り二百歩、高さ二十丈あり。椿・松・薺頭蒿(おはぎ)あり。
赤嶋。海藻(め)生(お)へり。
宇氣(うけ)嶋。前に同じ。
黑嶋。前に同じ。
粟嶋。周り二百八十歩、高さ一十丈あり。松・芋(いへついも)・茅(ち)・都波(つは)あり。
玉結(たまえ)濱。廣さ一百八十歩あり。碁石あり、東の邊(ほとり)に唐砥(からと)あり。又、百姓(たみ)の家あり。
小(を)嶋。周り二百三十歩、高さ一十丈あり。松・茅・薺頭蒿(おはぎ)・都波あり。
方結(かたえ)濱。廣さ一里八十歩あり。東西に家あり。
勝間(かつま)埼。二つの窟(いはや)あり。一つの高さは一丈五尺、裏(うら)の周(めぐり)一十八歩あり。一つの高さは一丈五尺、裏の周二十歩あり。
鳩嶋。周り一百二十歩、高さ一十丈あり。都波(つは)・苡(い)あり。
鳥嶋。周り八十二歩、高さ一十五尺あり。鳥の栖(す)あり。 黑嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
須義(すが)濱。廣さ二百八十歩あり。
衣嶋。周(めぐ)り一百二十歩、高さ五丈あり。中を鑿(うが)ちて、南北に船猶往來(ゆきか)へり。
稻上(いなあげ)濱。廣さ一百六十二歩あり。百姓(たみ)の家あり。
稻積(いなづみ)嶋。周り四十八歩、高さ六丈あり。松林、鳥の栖(す)あり。中を鑿(うが)ちて、南北に船猶往來(ゆきか)へり。 大嶋。礒なり。
千酌(ちくみ)濱。廣さ一里六十歩あり。東に松林、南の方に驛家(うまや)、北の方に百姓の家あり。郡家の東北一十七里一百八十歩なり。此は謂(い)はゆる隱岐國に度(わた)る津(わたしば)是なり。
加志(かし)嶋。周り五十六歩、高さ三丈あり。松あり。
赤嶋。周り一百歩、高さ一丈六尺あり。松あり。
葦浦(あしうら)濱。廣さ一百二十歩あり。百姓(たみ)の家あり。
黑嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
龜嶋。前に同じ。
附(つき)嶋。周り二里一十八歩、高さ一丈あり。椿・松・薺頭蒿(おはぎ)・茅(ち)・葦・都波あり。其の薺頭蒿は、正月元日には生ひて長さ六寸なり。
蘇(よみ)嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。中を鑿(うが)ちて、南北に船猶往來(ゆきか)へり。
眞屋(まや)嶋。周り八十六歩。高さ五丈あり。松あり。
松嶋。周り八十歩、高さ八丈あり。松林あり。
立石(たてし)嶋。礒なり。 瀬埼(せざき)。礒なり。謂(い)はゆる瀬埼戍(せざきのまもり)、是なり。
野浪(ぬなみ)濱。廣さ二百八歩あり。東の邊に神社あり、又、百姓(たみ)の家あり。
鶴(つる)嶋。周り二百一十歩、高さ九丈あり。松あり。
間(ま)嶋。海藻(め)生へり。
毛都(もつ)嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
川來門(かはくど)大濱。廣さ一里一百歩あり。百姓(たみ)の家あり。
黑嶋。海藻(め)あり。
小黑(をくろ)嶋 海藻(め)生へり。 加賀神埼(かかのかむさき)。卽ち窟(いはや)あり。高さ一十丈許(ばかり)、周(めぐ)り五百二歩許(ばかり)あり。東西北に通れり。謂(い)はゆる佐太大神(さだのおほかみ)の產生(あれ)ましし處なり。產生まさんとせし時に、弓箭(ゆみや)亡(う)せ坐(ま)しき。爾(そ)の時、御祖神魂命(みおやかみむすびのみこと)の御子、枳佐加比賣命(きさかひめのにこと)願(ね)ぎたまひしく、「吾(あ)が御子、麻須羅神(ますらかみ)の御子に坐(ま)さば、亡(う)せたる弓箭(ゆみや)出(い)で來(こ)」と願ぎましき。爾(そ)の時、角(つの)の弓箭、水の隨(まにま)に流れ出でき。爾(そ)の時、之を取りて御子に詔(の)りたまひしく、「此(こ)は非(あら)ぬ弓箭なり」と詔(の)りたまひて、擲(な)げ廢(う)て給ひき。又、金(こがね)の弓箭流れ出で來つ。卽ち待ち取り坐(ま)して、「闇鬱(くら)き窟(いはや)なるかも」と詔(の)たまひて、射通(いとほ)し坐(ま)しき。卽ち御祖支佐加比賣命(みおやきさかひめのみこと)の社、此の處に坐す。今の人、是の窟の邊(あたり)を行く時、必ず聲磅磕(とどろか)して行く。若(も)し密(ひそ)かに行けば、神現(あ)れて飄風(つむじ)起り、行く船は必ず覆(くつがへ)るなり。
御(み)嶋。周り二百八十歩、高さ一十丈あり。中は東西に通れり。椿・松・栢(かへ)あり
葛(かつら)嶋。周り一里一百一十歩、高さ五丈あり。椿・松・小竹(しぬ)・茅(ち)・葦(あし)あり。
櫛(くし)嶋。周り二百四十歩、高さ一十丈あり。松林あり。
許意(こお)嶋。周り八十歩、高さ一十丈あり。松林・茅(ち)・澤あり。
眞(ま)嶋。周(めぐ)り一百八十歩、高さ一十丈あり。松あり。
比羅(ひら)嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
黑嶋。紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
名嶋。周一百八十歩。高九丈。松あり。
赤嶋 紫菜(のり)・海藻(め)生へり。
大埼(おほはし)濱。廣さ一里一百八十歩あり。西北に百姓(たみ)の家あり。
須々比(すすひ)埼。 白朮(をけら)あり。
御津(みつ)濱。廣さ二百八歩あり。 百姓の家あり。
三(みつ)嶋。海藻(め)生へり。
虫津(むしづ)濱。廣さ一百二十歩あり。
手結埼(たえのさき)。濱邊 二つの檜あり。に窟あり。高さ一丈、裏(うら)の周り三十歩あり。
手結浦(たえのうら)。廣さ四十二歩あり。舩二つ計泊(は)つべし。
久宇(くう)嶋。周り一百三十歩、高さ七丈あり。松あり。
凡そ北の海に捕らふる所の雜(くさふさ)の物は、志毘(しび)・朝鮐(ふぐ)・沙魚(さめ)・烏賊(いか)・蜛蝫(たこ)・鮑魚(あはび)・螺(さざえ)・蛤貝(うむぎ) 字或は蚌菜に作る。・棘甲贏(うに) 字或は石經子に作る。・甲贏(かせ)・蓼螺子(たでにし) 字或は螺子に作る。・螺蠣子(かき)・石華(せ) 字或は蠣犬脚に作る。或は犬曠。犬脚は勢(せ)なり。・白貝(おふ)・海藻(め)・海松(みる)・紫菜(のり)・凝海菜(こるもは)等の類(たぐひ)、至繁(いとさは)にして稱(な)を盡(つ)くすべからず。
通道。意宇(おう)郡の堺なる朝酌渡(あさくみのわたり)に通(かよ)ふは、一十一里二百二十歩の中(うち)、海八十歩なり。
秋鹿(あきか)郡の堺なる佐太(さだ)橋に通ふは、一十五里八十歩なり。
隱岐渡(おきのわたり)、千酌驛家(ちくみのうまや)の湊(みなと)に通ふは、一十九里一百八十歩なり。
郡司 主帳 無位 出雲臣(いづものおみ)
大領 外正六位下 社部臣(こそべのおみ)
少領 外從六位上 社部石臣(こそべのいしのおみ)
主政 外從六位下 勳十二等 蝮朝臣(たぢひのあそみ)
現地写真ギャラリー
中海・大根島の眺望|華蔵寺周辺から望む水域と島影
加賀の潜戸(旧潜戸)|象が鼻を伸ばしたように見える「象岩」
加賀の潜戸(旧潜戸)|海上にそびえる岩峰「冠岩」
加賀の潜戸(旧潜戸)|波間に浮かぶ岩礁「亀岩」
アクセス
住所目安:〒690-0401 島根県松江市島根町加賀 周辺(※現地状況により駐車・進入路は要確認)
お問い合わせ
| 所在地 | 島根県松江市(鹿島町〜恵曇周辺) |
|---|---|
| TEL | 史跡・観光案内は松江市/関係機関へお問い合わせください。 |
| 駐車場 | 佐太神社など主要拠点に駐車スペースあり(現地案内に従ってください)。 |
| 備考 | 海浜・堤・池周辺は天候や足元状況により危険が増します。安全最優先で踏査してください。 |
| 連絡 | 記事内容の補足・訂正情報は、ブログ内フォーム/コメント欄よりお知らせください。 |
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