【出雲国風土記】宍道氷川神社(宍道社)|明治合祀の謎・御朱印|松江市・宍道町
【出雲国風土記】宍道氷川神社(宍道社)|明治合祀の謎・御朱印|松江市・宍道町 出雲国風土記に記された「宍道社」 は、 宍道氷川神社 (松江市)に比定されています。 明治に合祀された三崎神社がその起源。疫病退散・五穀豊穣の神として信仰され、 限定御朱印(瑞風ハンコ付き) も大人気! 御朱印はこちら | アクセス・駐車場 目次をクリックで開く 御朱印(瑞風ハンコ付きは限定!) ※ 瑞風が停車する日のみ限定の瑞風ハンコ付き御朱印もあります 本殿・拝殿 本 殿 本殿(正面) 本殿(側面) 本殿礎石(古代の痕跡) 本殿礎石 古代の礎石が残る 御祭神 主 祭 神 建早須佐之男命・櫛稲田姬命・天忍穂耳命・天穂日命 天津日子根命・活津日子根命・熊野久須昆命 多岐理比賣命・多岐都比賣命・市杵島比賣命 配 祀 神 大己貴命・大國主命・事代主命・客大明神・焼火大神 御由緒 本社は、出雲國風土記、延喜式には見えないが元祇園社と称し地方民の深く崇敬する神社で、貞観十八年この地方に流行した悪病の平癒を祈願して同年丙申十月十一日に勧請京都祇園社と同体なり伝々と見えている。 以後、疫病退散・無病息災・開運長寿の守護神として地方民の崇敬をあつめ中世には佐々木氏・宍道氏・近世では堀尾氏,京極氏,松平氏の歴代松江藩主より祭典料を寄進して祈願した。また、千家、北島両出雲國造が火継ぎ神事の際、大庭へ参向の途中休憩された由緒ある神社である。 明治三年、祇園社を氷川神社と改称し明治七年、猪道山にあった三崎神社(宍道社)及び町内にあった客社,恵美須社・焼火社を合祀して宍道町の氏神になった。 なお、明治四十年四月には神饌幣帛供進社に指定され昭和五十年には県特別神社に指定された。 『氷川神社社頭掲示板』より 注. 明治四十年四月、大字宍道字猪道山九一九の二に鎮座されていた 三崎神社(宍道社) を合祀。この三崎神社が『出雲国風土記』にある...