出雲国風土記 出雲郡 『加毛利社(加毛利神社)』
出雲国風土記 出雲郡 『加毛利社(加毛利神社)』 出雲市斐川町に鎮座する加毛利神社は、出雲国風土記に加毛利社と記載されてあり、 御祭神に、高津日高彦火火出見命、豊玉毘賣命、天津日高日子波瀲武鵜草葺不合命をお祀りする古社です。 豊玉毘売命が鵜草葺不合命を出産の時、周りに多くのカニが集まったため、側に使えていた神がカニを掃いて命をお守りしたことから、蟹守神社、神守神社、加毛利神社となったと言われています。 拝 殿 本 殿 御祭神 主 祭 神 天津日高彦火火出見命 配 祀 神 豊玉毘賣命 天津日高日子波瀲武鵜草葺不合命 御由緒 加毛利神社略記(大社造り) ◎祭神 主祭神 天津日高彦火火出見命 配祀神 豊玉毘賣命 天津日高日子波瀲武鵜草葺不合命 ◎由緒 カニモリ(蟹守)の子孫神が、天照大御神の御孫、ヒコホホデノミコト、 お后のトヨタマヒメノミコト、その御子ウガヤフキアエズノミコトの三柱神の御分霊を奉じ、日向の宮崎神宮から船で当地の船子山に着き、宮崎大明神としてお祭りしたのが始まりである。 創立年代は不詳であるが、出雲国風土記(七三三年)記載の神祇官社 延喜式神名帳登載社であり、古くから地元の守り神として崇敬護持 されて来た由緒深い神社である。現存する最古の棟札は、寛文五年 (一六六五) 松平直政公の時代に行われた修繕の際のものである。 ◎神社名および地名の由来 豊玉毘賣命が鵜草葺不合命をご出産の時、周りに多くのカニが集まったため、側に仕えていた神がカニを掃いて命をお守りした。命は大層 お喜びになり、その神に「蟹守」の名を与えられた。後にカニモリ→カモン (掃部)→カモリ(加毛利)→神守、と変わり今日に至っている。 ※御崎さん(境内神域) 祭神 玉依毘賣命(豊玉毘賣命の妹神) 御本殿の左側にあり、氏子有志によって勧請されている。 ※鳥居のないお宮 加毛利神社には鳥居がない。これは、御祭神が天つ神であり、国つ神の大国主命を祭る出雲大社より大きい鳥居でなくてはならないということから建てられていない。従...