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2021年3月17日水曜日

出雲国風土記 出雲郡 『阿受伎社(阿須伎神社)』

出雲国風土記 出雲郡 『阿受伎社(阿須伎神社)』

御 由 緒
延喜式内社
阿須伎神社 由緒      
(出雲大社摂社)
御祭神 阿遅須伎高日子根命 ほか十柱
 由 緒
当社は延喜式(九二七)に十一社、更に古い天平五年 (七三三)の出雲國風土記には三十九社をかぞえるほどこの近在では、いちばん多くその名の見える由緒ある神社ですが、現在は当社を遺すのみで他の同名の社はすべて当社に合祀されたと伝えられています。
主祭神 阿遅須伎高日子根命は大国主命の御長男神に坐して、御父神と共に「切れ味のよい鋤」をおとりになって、国土創生におおいなるご神威を発揚なされました。その御事蹟により、御名とともに御神徳が高くたえられています。
社殿は、昭和六十二年の遷宮時に銅板葺に改められましたが、大社造の古格をそのまゝ今日に伝え、その宏大な規模とともに貴重な文化財でもあります。
(『阿須伎神社』案内板より)

阿須伎神社に祀られている御祭神

主祭神

 阿遅須伎高日子根命(あちすきたかひこねみこと)

合殿神(あいどののかみ)

 五十猛命(いたけるのみこと)     素盞嗚命の御子神 武勇神

 天稚彦命(あめのわかひこみこと)  高天原より国譲りの神使 阿遅須伎高日子根命とは朋友神

 素盞嗚命(すさのおのみこと)   阿遅須伎高日子根命の御祖父神

 下照姫命(したてるひめのみことみこと) 阿遅須伎高日子根命の妹神で天稚彦命の御后神

 猿田彦命(さるたひこのみこと)        天孫降臨の際先導先〇をつとめた除災の神

 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)     国生み神生み万物をつかさどる神をお産みになった人間の始祖神

 天夷鳥命(あめのひなどりのみこと)   高天原から出雲へ降って来られた勇猛な神

 稲背脛命(いなせはぎのみこと)        当社と同じ出雲大社の摂社である鷺浦の伊奈西波岐神社の主祭神

 事代主命(ことしろぬしのみこと)      大国主命の御子神 別名えびす様と言い託宣の神 海上の守護神

 天穂日命(あめのほひのみこと)       天孫降臨に先立って出雲にお降りになった出雲国造家の祖神


御 祭 神
阿遅須伎高日子根命
合  殿
五十猛命・天稚彦命・素盞嗚命・下照姫命・猿田彦命・伊邪那岐命・天夷鳥命・稲背脛命・事代主命・天穂日命



阿須伎神社 本殿
阿須伎神社 本殿
本殿
本殿
阿須伎神社 本殿と幣殿
阿須伎神社 拝殿
本殿と幣殿
拝殿
阿須伎神社 狛犬
阿須伎神社 狛犬
狛犬
狛犬
阿須伎神社 扁額
阿須伎神社の案内板
阿須伎神社 扁額
阿須伎神社の案内板
阿須伎神社 境内
阿須伎神社 手水舎
境内
手水舎
阿須伎神社 金毘羅社
阿須伎神社 木山社
金毘羅社 交通安全の神
木山社 病気平癒の神
阿須伎神社 稲荷社
阿須伎神社 塞の神
稲荷社 諸願成就 開運の神
塞の神 行旅・耳の神
阿須伎神社 天神社
阿須伎神社 神籬
天神社 学問の神
神籬(ひもろぎ)

阿須伎神社 神体山 出雲御山神社
阿須伎神社 力石
神体山 出雲御山神社
水無月祭 七月三十日
力石 
阿須伎神社 社稷神
阿須伎神社 社頭 上ゲ荒神
社稷神
社頭 上ゲ荒神
阿須伎神社 稲荷神社
阿須伎神社 荒神社
稲荷神社
荒神社
阿須伎神社 水神社

水神社

阿須伎神社 出雲国風土記登場地標柱
阿須伎神社 社号標
出雲国風土記登場地標柱
社号標
阿須伎神社 参道 鳥居
阿須伎神社 参道
参道の鳥居
参道

地図

問い合せ
住 所
島根県出雲市大社町遙堪1473
電 話
--
ホームページ
--
メールアドレス
--
駐 車 場
出雲大社から国道431号線を東に2.7kmほど進むと、『阿須伎神社参道入口』のポールがあり、左折すると鳥居が見えてきます。 鳥居の右手に神社の駐車場かわかりませんが数台停められる場所があります。

2021年3月16日火曜日

出雲国風土記 仁多郡 『伊我多氣社(伊賀多氣神社)』

出雲国風土記 仁多郡 『伊我多氣社(伊賀多氣神社)』

御 由 緒
伊賀多氣神社 略記  
伊賀多氣神社は、垂仁天皇の御代に創建せられた延喜式 内の古社にして、出雲風土記に神祇官社・延喜之制・小社 とせられている 。御鎮座地は古代横田庄と云い仙洞院御 料地であった。然し乍ら戰國時代の戦火に罹り御社殿・社 家共に炎上し古資料を失ったことは誠に残念である 。  御主祭神は、素盞鳴尊の御子神五十猛命である 。相殿と して素盞鳴尊大己貴命を合せ祀っている 。父神素盞鳴尊が 姉神天照皇大神のおいかりにふれられ、高天原を逐はれ朝 鮮の新羅國曽尸茂梨の地に降られた時、父神と共に降られ 父神をたすけられた。後に父神が本土へお帰りの折お供を し五十猛 (大田市 )の浦へ着かれた。その時命は曽尸茂梨 より樹木の種子をお持ち帰りになった。父神と共に簸乃川 上にのぼられ、稲田の里にて稲田の地頭・脚摩乳、妻の手 摩乳より「オロチ」の被害を聞かれ、父神と共に鳥髮山( 通山 )に登られ、オロチ族の鉄穴流し(鉄の原料である 砂鉄を採るため山を崩して流す )のため四方の山々が禿山 となっており、これでは雨期に洪水となり人々が難澁す ので、命が、父神はオロチ族に斯様なことをしない様直接 談判をして下さい(オロチ退治 )。私は烏髮山から乾の方 角に當る地にとどまり、住民と共に樹木の苗を育て荒れ山 に植樹して治山治水を行いますと申された。その地が御當 社御鎮座地角村である 。命は住民に「杉及び楠」は浮舟に、 「桧木」は御殿を作れ、「マキ」の木は火をたいて物を焼 くのに用いよと教えられた。その後、命は日本國中に植樹 造林をおすすめになら れた。このため朝廷から國土経営の 神として遇せられ、全國の人々から林業の守護神として崇 められている。」

 御社宝              
 木造 随神立像 二躯
 木造 獅子頭 一頭
 共に県文化財

 御祭日         
            祈年祭    四月八日
            例大祭  十一月八日
            新嘗祭    十二月八日


御 祭 神
五十猛命
配  祀
素盞鳴尊・大己貴命


本殿
本殿
拝殿
拝殿
拝殿内部
拝殿内の扁額
拝殿扁額
神社 略記
境内摂社
社日神とご神木
境内摂社
???
大きな穴の開いたけやき
手水舎
参道階段と隋神門
鳥居
ご朱印
出雲国風土記登場地標柱

全景


地図

問い合せ
住 所
島根県仁多郡奥出雲町横田1278
電 話
0854-52-0346
ホームページ
--
メールアドレス
--
駐 車 場
県道258号の鳥居をくぐった参道沿いに数台停められそうですが...右手に駐車場のようなところがあったのでそこに停めさせてもらい参拝しました。

2021年3月15日月曜日

出雲国風土記 飯石郡 『兎比社(兎比神社)』

 

出雲国風土記 飯石郡 『兎比社(兎比神社)』

御 由 緒
兎比神社 祭神 足名椎命
        須佐之男命の妻 櫛稲田姫の父神
        手名椎命
        須佐之男命の妻 櫛稲田姫の母神
 相殿 多賀社  葦麗社
由緒
創立は不詳なるも天平五年二月(七三三年) に勘造された古典出雲風土記に、兎比社 多賀社 葦鹿社 と明記されているものは 即ちこの神社である。
 大祭日  祈年祭 三月二十一日
      例大祭 十月十五日
       (現在は十月の第三日曜日)
             新嘗祭 十一月二十三日

御 祭 神
足名椎命  手名椎命
配  祀
天御中主命 大己貴命 大山祇神 誉田別命 仲哀天皇 
神功皇后

本殿
本殿
幣殿
拝殿
本殿の後ろの何か書かれたもの
拝殿 扁額
拝殿前の狛犬
拝殿前の狛犬
狛犬
狛犬
狛犬
狛犬
鳥居と隋神門
境内 左手に土俵
鳥居
鳥居の扁額
全景
手水
兎比神社 案内板
社号標
参道階段
社日碑
忠魂社
吉田神社
粟嶋神社
境内の祠



吉田稲荷講社 由来
吉田稲荷講社が昭和十年村内世話人一同により結ばれてより、昭和 二十七年兎比神社境内に、京都伏見神社から御分霊を勧請した社祠を 遷座して年々の祭事を執り行っています。 稲荷神社の御祭神は豊受姫大神であります。 稲荷神社はもと「稲荷」、あるいは「稲生」の神とし五穀の豊穣を祈 る信仰から生まれた名で、後世「稲荷」の字を当てたものとされてい ます。 穀物は心と体をを養う「いのち」の根源であり、経済生活の基本とな ることから、五穀の豊作を祈願し、ひいては広く商業経済の神として お祭りする所以であります。 爾来、鳥居、きつね石像設置、参道修理などとり行い、整備に努め て現在に至っています。
 平成二十八年十月吉日









地図

問い合せ
住 所
島根県雲南市吉田町吉田1023
電 話
0854-74-0354
ホームページ
--
メールアドレス
--
駐 車 場
県道38号線沿いの鳥居の左手に数台停められる場所があります。

出雲国風土記 出雲郡 『同(企豆伎)社(伊奈西波岐神社)』

出雲国風土記 出雲郡 『同(企豆伎)社(伊奈西波岐神社)』 御 由 緒 出雲大社 摂社 伊奈西波岐神社 所在地 出雲市大社町鷺浦102番地 御祭神 稲背脛命 合祀神 八千矛神 稲羽白兔神 稲羽八上比売神  御祭神の主なる事蹟 御祭神 稲背脛命は又...