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出雲国風土記 飯石郡 『粟谷社(粟谷神社)』

出雲国風土記 飯石郡 『粟谷社(粟谷神社)』    御 由 緒 一、 主祭神 吉備津彦命       合祀神 菅原道真命     粟谷地内に鎮座の天満宮の御祭神であって明治四十年粟谷神社に合祀                 誉田別命                足仲津彦命                気長足姫命                  粟谷地内に鎮座の八幡宮の御祭神であって明治四十二年粟谷神社に合祀 二、御由緒                  出雲風土記にある粟谷神社で式外社、雲陽誌には吉備津大明神と記されており主祭神は第七代孝霊天皇の第三皇子吉備津彦命であります。崇神天皇の古代に出雲振根が朝廷の命に背いたので四道将軍吉備津彦命が勅命を奉じ、之を鎮めるため出雲に降られた。備後路から仁多郡を経てこの地にご滞在になり振根の動静をうかがわれたと記されています。 後、この遺跡に人々が命の遺徳を偲ひ宮を建立したのが、粟谷神社です。 往古の社域は現在地の西方約一00米の天辺という丸い小山の上にありましたが、明和年間火難に遇い、文化十二年現在地に移遷されました。 三、御新徳 文教、農耕、畜産、商工業の発展及び病難諸災厄除の守護神として、古くから信仰され、人間が生活してゆく上において総てにご利益のある広大無辺の御神徳があります。特に幼児の夜尿症には霊験新たかな神として、近郊、近在からの参詣があります。 四、境内神社 社日神社 稲荷神社 木山神社 五、年中主なる祭事 一月一日 歳旦祭 七月三十日 夏祭 二月十一日 建国記念祭 九月十九日 稲荷神社祭(紀元節) 十一月八日 例大祭 四月八日 祈年祭 十一月二十三日 新嘗祭 四月二十九日 天長祭 十二月 三十日 大祓式 粟谷神社宮司 巨 勢 史 記> 社務所 島根県雲南市三刀屋町給下一二二七 電話 〇八五四-四五ー二七六八 『神社境内説明板』より 御 祭 神 吉備津彦命 配  祀 菅原道真命  誉田別命    足仲津彦命  気長足姫命 本 殿 拝 殿 拝 殿 境内社 境内社:稲荷社 社日碑 鳥 居 社号標 粟谷神社概記 全 景 参 道

出雲国風土記 飯石郡 『飯石社(飯石神社)』『託和社(託和神社)』

出雲国風土記 飯石郡 『飯石社(飯石神社)』『(託和神社)』 御 由 緒 式内神社 飯石神社 (旧県社) 祭神 伊毘志都幣命 例祭 十一月四日(出雲大社宮司御参向) 命の天降られた磐石を御神体とし、二重の玉垣で囲み本殿にかえている。 出雲国造が御幣を奉られる幣殿に、通殿、拝殿を配し直接 御神体を正面から拝むことができる。磐境、磐座という古代の聖地祀形態を今に伝えている。 またこの地を命の降臨 の聖地として注連縄を用いず、境内には他の神社に見られ る摂社、末社は勿論、隋神門、燈籠、狛犬もなく、 純粋に古代の伝統をそのままに継承しているのも特殊である。又 境内の辺より祭祀遺跡が発見され学会の注目を集めている。  出雲風土記によれば飯石郡、飯石郷の地名起源を、この地 に「伊毘志都幣命が坐すためである。」と記している。これは命が本郡開拓の産土大神であるからに外ならない。 命の亦の御名を天夷鳥命と申し、天照大御神の第二の御子、 天穂日命の御子であり出雲国造家の御祖神にあたり、例祭は千家出雲国造御参向の上執り行われる。 亦大国主命の国 土奉還に際しては熊野諸手船にて美保之関へ事代主命を尋 ね、その大業を成就された。美保神社で行われる諸手船神事は、 この故事によるものである。尚当社は古来飯石郡中 の総氏神として郡中より幣帛を奉り、歴代の藩主、歴代知 事の参拝相継ぎ、島根県神社庁より特別神社としての指定を受けている。 境内社 託和神社 (出雲風土記所載社) 祭神 吉備津彦命 古来、中野、六重、神代、深野、上山、曽木、川手、七ヶ村 の総氏神であった。明治四十四年旧社地より、この地に遷し、 八幡宮も合祀された。旧社地の付近より西日本最古の 縄文土器が発見されたのは周知の通りである。 御 祭 神 伊毘志都幣命  吉備津彦命( 託和神社 ) 本 殿 拝 殿 外 観 御神体 外 観 飯石神社と託和神社 境内社:託和神社 手水鉢 御由緒 御由緒 地図 問い合せ 住 所 島根県雲南市三刀屋町多久和1065 御朱印 有無は不明